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Category:防災・環境システム

リアルタイム地震情報配信サービス「J-RISQ地震速報」の開発

リアルタイム地震情報配信サービス「J-RISQ地震速報」の開発

近年、地震発生直後の迅速な被害状況把握を可能とするため、地震動モニタリングによるリアルタイム地震防災システムが展開されてきた。我々は防災科学技術研究所(以下、防災科研)に協力し、地震発生直後に推定される情報を用いた市区町村ごとの揺れの状況や、震度曝露人口、周辺地域での過去の被害地震情報、地震ハザード情報等を、地図や表を用いて総合的に分かりやすくコンパクトにまとめたWeb サービス「J-RISQ地震速報」(http://www.j-risq.bosai.go.jp/)を構築し2013年10月から運用支援している。本稿ではシステムの開発経緯、機能概要と動作例について紹介する。

リアルタイム地震情報配信サービス「J-RISQ地震速報」の開発[PDFファイル]

参考情報:

  • この技術レポートは、当社が展開する公共・エネルギー事業の防災・環境システムソリューションに係る技術について著述されたものです。
  • 防災・環境システムソリューションは、つくば事業所が提供しています。
リアルタイム地震情報配信サービス「J-RISQ地震速報」の開発The development of J-RISQ(Japan Real-tIme System for earthQuake damage estimation)早川俊彦* 本間芳則* 浅香雄太* Toshihiko Hayakawa, Yoshinori Homma, Yuta Asaka 近年、地震発生直後の迅速な被害状況把握を可能とするため、地震動モニタリングによるリアルタイム地震防災システムが展開されてきた。我々は防災科学技術研究所(以下、防災科研)に協力し、地震発生直後に推定される情報を用いた市区町村ごとの揺れの状況や、震度曝露人口、周辺地域での過去の被害地震情報、地震ハザード情報等を、地図や表を用いて総合的に分かりやすくコンパクトにまとめたWeb サービス「J-RISQ地震速報」(http://www.j-risq.bosai.go.jp/)を構築し2013年10月から運用支援している。本稿ではシステムの開発経緯、機能概要と動作例について紹介する。 In recent years, to grasp immediately of damage by earthquake, real-time earthquake estimation system by the ground motion monitoring have been developed. We developed a Web service J-RISQ(http://www.j-risq.bosai.go.jp/)that summarize the shaking of each municipality, seismic intensity exposure population, the past of destructive earthquakes in the area, the seismic hazard information in a compact and easy-to-understand using maps and tables. The service are running from October 2013. In this paper, we will show a purpose of the system, and an implementation and operation example. 1.まえがき1.1 地震被害推定システム 1995年兵庫県南部地震以降、地震発生直後の迅速な被害状況把握に基づく的確な緊急対応が行政機関にとって優先度の高い課題であることが認識されるようになった。初動体制の構築等には、確定情報よりさらに早い被害把握を可能とする情報が求められており、被害推計は有効な解決手段の一つである。 地震被害を推計するには、地震の揺れの強さを精度よく推定することが最も重要なポイントであるが、地震の揺れの強さをリアルタイムに推定・公開するシステムは、気象庁の推計震度分布図のWebや、防災科研の強震観測網K-NET(1)/KiK-net(2)をはじめとして10年以上前から実用に供されている。地震の揺れの強さの推定手法には大きく分けて、⒜推定した震源情報から理論的に揺れの分布を計算するタイプ、⒝観測された揺れの情報を空間補間して面的な分布を推定するタイプがある。⒜タイプは多くの観測データを必要としないため、観測網が密に無い地域についても一律に適用可能である長所がある。代表例としては、アメリカ地質調査所(USGS)のEarthquake Hazards Program(3)があり、全世界で発生した地震について推定した揺れの分布をWebで公開している。⒝タイプは、確定情報である観測値の空間分布を用いるため、観測網の内部では確度の高い推定が可能である。代表例では、気象庁のWebの他、産総研のがある。QuiQuakeでは、防災科研強震観QuiQuake(4)測網の即時公開波形データを地震後に自動取得し、面的な地震動推定分布をWebサイトにて表示するほか、画像データをWMSやKMLファイルで公開している。1.2 本システム開発の経緯 防災科研は、震度演算機能を持つ強震観測点を全国で約1700か所に整備、運用しており、地盤情報や人口・建物分布といった基礎データさえ整えば、地震発生直後に情報配信可能な⒜タイプの被害情報推定・配信システムを構築できる状況にあった。当社は防災科研で強震観測網の構築・運用に携わり、また2005年からは地震ハザードステーション「J-SHIS」(http://www.j-shis.bosai. go.jp/)を構築し、人口・建物の被害推定方法の高精度化・高速化の補助にも携わっていた。これらの技術を融合し、全国の強震計から随時受信する震度データを入力として、揺れの分布、震度曝露人口分布を高速に推定し、さらにインターネットを用いて被害状況や周辺地域*つくば事業部 第四技術部1 MSS技報・Vol.27での過去の被害地震等を総合的に配信するサービス「J-RISQ地震速報」(5)を構築した。2.システムの概要2.1 全体構成 本システムは、以下の機能を有する。⒜ 震度情報の受信・蓄積 防災科研の強震観測網・気象庁・地方公共団体合わせて約5300点の観測点から震度情報を受信し、自動的に震度情報のグルーピングを行いデータベースに蓄積する。⒝ 揺れの強さと震度曝露人口の推定データベースに蓄積された震度情報と地盤情報から250mメッシュの面的な地震動分布を推定し、さらに人口分布データと組み合わせて震度曝露人口分布を推定する。⒞ 推定情報の可視化と配信 観測震度、面的地震動分布、主要都市の最大観測震度および推定震度の頻度分布、行政区ごとの震度曝露人口、過去の主な被害地震、J-SHISから公開している地震ハザード情報をコンパクトにまとめ、PCおよびスマートフォンのWebブラウザ用に配信する。 これらの機能を実現するために、図1のようにシステムを構成した。以下に各機能の詳細について述べる。2.2 震度情報受信・トリガ機能 地震発生時には、震度情報が震度計から別々の時刻で*配信サーバは冗長化されている。図1 J-RISQのシステム構成図別々の遅延をもって送信される。このような震度情報を用いて、ある時刻における面的な震度分布の推定をリアルタイムに行うには、震度情報を一連の「揺れの拡がり」としてグルーピングし、トリガ判定する必要がある。J-RISQでは震度情報をグルーピングした単位を「報」と呼び、報毎に推定以降の処理を実施する。このトリガシステムでは、設定した時間範囲にある強さ以上の震度情報が一定個数以上存在した場合にトリガ状態に遷移することにより、地動ノイズによる誤報を極力避けながら、地震の発生直後に推定処理を開始することができる。例えば大きな地震の場合、第1報は最初の震度情報受信後30秒程度で10観測点程度のデータを用いた推定を終え、1分間隔程度で観測データを増やしながら推定処理を繰り返し、最終的に約10分後に500~1000観測点のデータで広範囲の精密な推定処理を実行する。2.3 揺れおよび震度曝露人口の推定機能2.3.1 揺れおよび震度曝露人口のメッシュデータ作成低層建築物に大きく被害をもたらす短周期の地震動は、地表から深さ数十メートルまでの浅い地盤の性質にも強く影響される。そこで、浅部地盤の影響を除く処理を行ってから内挿処理を行って面的震度分布を作成し、浅部地盤の影響を戻して250mメッシュの地表面的震度分布を推定する(図2)。日本全国を覆う250mメッシュは約600万個に及ぶが、地盤増幅率・人口分布のデータをメモリに格納しておき処理をオンメモリ化する、計算するメッシュの範囲を最小限に限定する、等の対策を行い、処理を高速化した。震度曝露人口については、震度階級ごとに250mメッシュ単位の震度への曝露の有無を判定し、さらに地震発生時刻を考慮して昼間人口と夜間人口を使い分けてデータを作成する。*震度と最大速度の換算は二次の経験式(6)を、地盤増幅率はJ-SHIS公開データ(7)(8)(9)を利用する。図2 計測震度分布推定の手順2 MSS技報・Vol.272.3.2 行政区ごとの震度曝露人口集計 文字情報の配信を行うため、市区町村・都道府県といった行政区ごとに最大震度、および震度曝露人口を集計する。一般的には、自治体境界ポリゴンと人口分布メッシュの幾何演算を行うことが多いが、J-RISQでは1分以内に第一報の配信を行う目標があり、その性能要求に応えられなくなる。そこで、人口が250mメッシュ内では均一に分布していると仮定し、複数の自治体に所属するメッシュは予め面積比で人口を割り振った。この事前処理により、集計処理を高速なメッシュ毎のベクトル演算で実行できる。2.4 「J-RISQ地震速報」の配信機能 揺れおよび震度曝露人口の推定・集計が完了すると、システムはコンテンツをA4一枚にまとめたHTMLとPDFを作成し、Webサーバから配信する。Webサーバではデータベースアクセス等の動的な処理は負荷の小さな検索処理のみとし、地震発生直後の急激なアクセス増加にも耐えやすい設計とした。また、地方公共団体や企業等の防災担当者、住民の利便性を考慮して、全国一律のコンテンツだけではなく、都道府県および市区町村ごとに情報をまとめたコンテンツも同時に配信可能としている。スマートフォン向けサービスやRSSを利用した通知サービスも構築した。3.システムの動作例 平成28年(2016年)熊本地震(本震、マグニチュード7.3)を例に、システムの動作例を示す。図3に震度情報、震源情報を受信し、J-RISQ地震速報をWeb配信するまでのシーケンスを実時間とともに示した。この地震では計8回推定・配信処理を実行している。第1報では8点の震度データを用いて解析を行い地震発生から約30秒後にJ-RISQ地震速報を配信した。その後は地震波の伝播に従って震度情報を送信する観測点が増加し、11分後に震度6弱以上の曝露人口が約100万人、震度6強以上の曝露人口が約40万人程度と推定した第8報を配信した。揺れが九州全域に広がる前に素早く地震情報を配信し、最後には十分な量のデータを用いて広範囲な地震情報を得ることができるシステムになっていることがわかる。 図4に、前震によりデータが途絶えていた震度計(益城、西原村)の震度7のデータを気象庁が発表したことを受けて再作成したJ-RISQ地震速報の最終報(熊本県版)を示す。震源情報、震度の分布は基本的な観測情報であり、行政区ごとの震度曝露人口の地図・表は地震の社会へのインパクトの一つの形を示している。また、過去の被害地震やJ-SHISの地震ハザード情報は、ユーザが発生した地震の状況を理解するための補助的な情報として活用することができる。図3 平成28年(2016年)熊本地震(本震)におけるシステムの動作シーケンス3 MSS技報・Vol.27図4 2016年熊本地震(本震)の最終報で配信されたJ-RISQ地震速報4.むすび 全国から震度情報をリアルタイムに受信し、地震動分布と震度曝露人口を高速に推定・集計した情報を配信するシステム、「J-RISQ地震速報」を防災科研に協力して開発した。現在のJ-RISQ地震速報システムは250mメッ4 MSS技報・Vol.27シュの分解能での推定を行っているが、防災科研では、地震発生直後の被害状況把握と緊急対応の高度化に資するために地下構造モデルや基礎データの高精度化・高分解能化により町丁目単位、個別建物レベルでも被害推定結果を利用可能とする技術開発を行っており、当社もシステム開発担当として携わっている。最後に、J-RISQ地震速報システムの開発に携わらせていただく機会を与えてくださった、防災科研の関係者様に感謝いたします。参考文献⑴ Kinoshita, S.(1998),Kyoshin Net(K-NET),Seism. Res. Lett.,69,pp. 309-332. ⑵ Aoi, S., Kunugi,T. and Fujiwara(2004), H.: Strong-motion seismograph network operated by NIED:K-NET and KiK-net,Jour. JAEE,4, pp. 65-74. ⑶ Wald, D.J.,Jaiswal, K.S.,Marano, K.D.,Bausch, D.B.,and Hearne,M.G.(2010), PAGER—Rapid assessment of an earthquake’s impact: U.S. Geological Survey Fact Sheet 2010–3036. ⑷ 松岡 昌,山本直孝(2010),産総研TODAY,10, No.2, 18. ⑸ 中村洋光(2016),リアルタイム地震被害推定 システム(J-RISQ)の開発,表面科学,Vol. 37,No. 9,pp. 457-458. ⑹ 藤本一雄・翠川三郎(2005),近年の強震記録に基づく地震動強さ指標による計測震度推定法,地域安全学会論文集No.7. ⑺ 若松加寿江・松岡昌志(2013),全国統一基準による地形・地盤分類 250m メッシュマップの構築とその利用,地震工学会誌 No.18,pp.35-38. ⑻ 松岡昌志・若松加寿江(2008),地形・地盤分類 250m メッシュマップ全国版に基づく地盤のゆれやすさデータ,産業技術総合研究所,知的財産管理番号 H20PRO-936.⑼ 藤本一雄・翠川三郎(2006),近接観測点ペアの強震観測記録に基づく地盤増幅度と地盤の平均S波速度の関係,日本地震工学会論文集,Vol.6,No.1, pp.11-22.執筆者紹介早川 俊彦1998年入社。つくば事業部第四技術部所属、博士(理学)。地震・津波防災分野の解析・システム開発に従事。本間 芳則2002年入社。つくば事業部第四技術部所属。主として鉄道事業者を対象とした地震防災分野に携わり、現在地震被害推定システム開発のプロジェクトマネージャ。トップエスイー修了。浅香 雄太2006年入社。つくば事業部第四技術部所属。地震防災分野のシステム開発に従事。5 MSS技報・Vol.27