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Category:構造・熱・軌道解析
人工衛星ヒータ制御の熱モデル化に関する考察

我々は、CAE(Computer Aided Engineering)技術を用いて宇宙機の熱・構造に関する設計・開発事業を行っている。そのCAE技術における機械学習の活用について、近年産業界・学会で事例が多く紹介されている。本稿では、CAEの機械学習活用に関する調査報告と、「宇宙機開発分野のCAE」の機械学習活用の可能性について整理する。
参考情報:
- この技術レポートは、当社が展開する宇宙・通信事業の構造・熱・軌道解析ソリューションに係る技術について著述されたものです。
- 構造・熱・軌道解析ソリューションは、鎌倉事業所が提供しています。
1 MSS 技報・Vol.29 人工衛星ヒータ制御の熱モデル化に関する考察 Consideration for thermal modeling of satellite heater control 井本 寛之* 酒井 菜名子* 北嶋 麻里絵** 平出 和広*Hiroyuki Imoto, Nanako Sakai, Marie Kitajima, Kazuhiro Hiraide 人工衛星の熱制御方式の一つであるヒータ制御は、ヒータに供給する電力のon/off により、温度維持を行うものである。ヒータ制御において、制御系設計に依存する給電遅れが発生するが、熱モデルでこの遅れを考慮しないことが多い。本稿では、ヒータへの給電遅れを考慮した熱モデルを用いて従来モデルとの差異を評価し、ヒータ制御の熱モデル化について考察した。 A heater control system, one of satellite thermal controls, maintains the temperature by turning on/off the power supplied to the heater. In the heater control, a power supply delay due to the design ofthe control system occurs, however this delay is not usually considered in the thermal model. In thisreport, we evaluated the difference from the conventional model by using the thermal model consideringthe power supply delay to the heater, and considered the thermal modeling of the heater control. *鎌倉事業部 宇宙第二技術部 **日本アドバンス・テクノロジー 1.まえがき 人工衛星の熱制御系に求められる役割は、要求された期間において、衛星の全ての構造物、搭載機器に対して適切な温度環境を与えることである。人工衛星の熱設計は衛星システムの寿命及び性能に直接関与する基盤技術であると言える。また、熱設計の検討及び検証の手段として、熱解析(数値シミュレーション)が活用される。ここで、数値シミュレーションに共通する注意点として、全ての現象を正確に模擬しているわけではない点が挙げられる。例えば、人工衛星で一般的に使用されるヒートパイプは、管の内部に封入した流体の相変化を利用した熱制御デバイスであるが、通常、衛星システム全体の熱数学モデルでは、流体の相変化を模擬せず、簡易的なモデル化を採用することが多い。この場合、熱解析結果からヒートパイプ熱輸送能力の範囲内にあること等を確認する必要がある。このように、目的に応じて、適切なモデル化及び評価手法を選択する必要がある。本稿では、人工衛星の熱設計の中から、能動型熱制御方式の一つであるヒータ制御に着目する。まず、設計パラメータを整理し、次に、ヒータ制御について通常採用される熱モデル化について説明し、模擬されていない項目を識別する。さらに、識別した項目の模擬の有無による熱解析結果の差異を確認し、ヒータ制御の熱モデル化について考察する。2.人工衛星のヒータ制御概要能動型熱制御方式の一つであるヒータ制御は、ヒータに供給する電力のon/off により、低温維持、又は、許容温度範囲が狭い機器の温度維持を行うために用いられる。人工衛星では、主にシートヒータが用いられ、温度制御対象近傍の構体パネル面等に接着剤により実装される。ヒータのon/off制御には、サーモスタット方式による自動制御とコマンド方式による指令制御がある。本稿では、サーモスタット方式のうち、ヒータ制御機器を用いた電子式サーモスタットについて考える。電子式サーモスタットは、温度センサとヒータの組合せと、これらを制御するヒータ制御機器から成る。ヒータ制御機器は(1) 温度センサの出力を検知し(電圧値をデジタルデータとしてハンドリング)、(2) 設定された温度制御範囲に収まるようにヒータのon/off を判定し、(3) ヒータへ電力を供給する。ここで、ヒータ制御系設計に依存する給電遅れが発生する点に注意が必要である。典型的な電子式サーモスタット方式の模式図を図1に示す。ヒータ制御に関連する主な設計項目を表1に示す。これらは衛星システムリソース及び各サブシステム設計の制約の範囲内で決定する必要があり、衛星システム及び各サブシステムとのインタフェース調整が必要となる。熱制御系の中でクローズするものではないことに注意が必要である。2 MSS 技報・Vol.293.ヒータ制御の熱モデル化に関する考察2章で説明したヒータ制御の検討及び検証のため、熱解析を活用する。ヒータ制御に関連する熱モデル設定項目を以下に示す。(1) ヒータ発熱量(バス電圧が変動する場合は、その変動を考慮)(2) ヒータ制御温度(on 温度/ off 温度)(3) 温度センサに対応するノード(4) ヒータに対応するノード(発熱を印加するノード)(5) ヒータ制御アルゴリズム(複数の温度データを使用する場合、最低温度/最高温度/平均温度のうちどの情報でヒータon/off を判定するか)(6) ヒータon/off 判定に使用する温度のA/D 変換ステップ(7) ヒータ給電までの遅れ時間(温度データ更新周期、ヒータon/off 判定周期等に依存)汎用熱解析ソフトウェアでは、ヒータ制御を模擬するための機能が具備されており、上記の項目(1) ~ (5) を設定する仕様となっている。通常の衛星システム全体を対象にした熱モデルでは、上記の項目(6) 及び(7) を模擬しないことが多い。つまり、これらについては理想的な制御が仮定された解析結果を得ることになる。この場合、解析結果(時系列のデータ)から、ヒータon/offの周期が十分大きいこと等を確認し、項目(6) 及び(7) の設定の妥当性を評価することになる。本稿の熱解析では、汎用熱解析ソフトウェアであるThermal Desktop 及び SINDA/FLUINT を使用した。節点法の温度ソルバであるSINDA/FLUINT はFortranベースのツールであり、ユーザが作成したプログラムを組み込むことが可能である。上記(6) 及び(7) は、ユーザプログラムでモデル化した。ここで、衛星構体内部に搭載される機器をヒータ制御するコンフィギュレーションを想定し、ヒータ制御モデル化の差異が解析結果及び評価結果に与える影響を確認する。想定するコンフィギュレーションを表2に示す。上述の熱モデル設定項目(6) 及び(7) をパラメータとし、表3に示す4つの解析ケースを設定した(Case 1が通常のモデル化に相当:A/D 変換ステップと給電遅れの影響を考慮しない)。解析結果一覧を表4に示す。また、各ケースの温度及びヒータステータスの時系列データを図3~6に示す。ヒータ制御機器(1) 温度センサ出力検知(2) ヒータon/off判定(3) ヒータへの給電温度センサ 温度制御対象 ヒータアナログ電圧(温度テレメトリ) ヒータ電力図1 電子式サーモスタット方式の模式図表1 ヒータ制御に関連する主な設計項目設計項目ヒータ系統数ヒータon/off 判定周期ヒータ容量(ヒータ抵抗値・結線)ヒータ制御温度(on 温度/ off 温度)ヒータ制御方式ヒータレイアウト温度センサレイアウトハーネスレイアウト温度センサ種類及び個数温度データ更新周期ヒータ接着剤表2 仮定するコンフィギュレーション項目内容温度制御対象衛星内部(放熱面を有しないパネル)に搭載される機器・許容温度下限(動作時) – 10 ℃・動作時発熱 なし環境温度構体内部放射シンク – 15 ℃(一定)ヒータ仕様・ヒータ2系統(主系及び従系)・ヒータ容量5W /系統(バス電圧一定)・ヒータ制御温度(主系) on 温度:–2℃/ off 温度:0℃・シートヒータ3枚/系統その他・機器、ヒータ及び温度センサはヒートシンク (アルミ合金)上に搭載。配置を図2に示す。・主系ヒータにより温度制御される場合を考える。機器 ヒータ(主系) ヒータ(従系) ■ 温度センサヒートシンク図2 機器、ヒータ及び温度センサの配置3 MSS 技報・Vol.29表3 解析ケース一覧項目Case 1 Case 2 Case 3 Case 4ヒータon/off 判定に使用する温度のA/D 変換ステップ0℃ 1℃ 0℃ 1℃ヒータ給電までの遅れ時間0 sec 0 sec 30 sec 30 sec備考通常のモデル化– – –表4 解析結果一覧項目Case 1 Case 2 Case 3 Case 4機器取付点温度– 2.3 ~ – 0.7 ℃(1.6 ℃)– 2.7 ~ – 0.3 ℃(2.5 ℃)– 2.4 ~ – 0.4 ℃(2.1 ℃)– 2.8 ~ 0.0 ℃(2.9 ℃)ヒートシンク平均温度– 2.0 ~ 0.3 ℃(2.3 ℃)– 2.5 ~ 0.8 ℃(3.3 ℃)– 2.1 ~ 0.7 ℃(2.8 ℃)– 2.6 ~ 1.2 ℃(3.8 ℃)ヒータDuty 27 % 27 % 27 % 27 % ※括弧内は温度変動幅-5-4-3-2-101230 180 360 540 720 900 1080 1260 1440ヒータon/off or ヒータ給電ステータス温度[℃]時間[sec]機器取付点温度センサ温度ヒータON温度ヒータOFF温度ヒータon/offヒータ給電図3 時系列データ(Case 1) 図4 時系列データ(Case 2)図5 時系列データ(Case 3) 図6 時系列データ(Case 4)-5-4-3-2-101230 180 360 540 720 900 1080 1260 1440ヒータon/off or ヒータ給電ステータス温度[℃]時間[sec]機器取付点温度センサ温度センサ温度ヒータON温度ヒータOFF温度ヒータon/offヒータ給電A/D変換後のセンサ温度-5-4-3-2-101230 180 360 540 720 900 1080 1260 1440ヒータon/off or ヒータ給電ステータス温度[℃]時間[sec]機器取付点温度センサ温度ヒータON温度ヒータOFF温度ヒータon/offヒータ給電-5-4-3-2-101230 180 360 540 720 900 1080 1260 1440ヒータon/off or ヒータ給電ステータス温度[℃]時間[sec]機器取付点温度センサ温度センサ温度ヒータON温度ヒータOFF温度ヒータon/offヒータ給電A/D変換後のセンサ温度4 MSS 技報・Vol.29さらに、Case 1及びCase 4について、ヒートシンクの温度分布図を図7に示す。解析結果の評価を以下に示す。(1) Case 1とCase 2の機器取付点温度の変動幅を比較すると、Case 2の方がA/D 変換の1ステップ分(1℃)程度大きくなる。ヒータon/off 温度を検討する際は、A/D 変換の温度テーブルを確認する必要がある。また、温度変動が問題となる場合は、温度センサ種類、A/D 変換カーブ等の見直しを検討する。(2) Case 1とCase 3の機器取付点温度の変動幅を比較すると、Case 3の方が0.5 ℃程度大きくなる。今回の条件では温度変動の周期は10 分程度(ヒータon継続時間が3分程度、ヒータoff 継続時間が7分程度)であったが、周期がより短くなる場合、ヒータ給電までの遅れ時間の影響は相対的に大きくなる。問題となる結果であれば、温度データ更新周期、ヒータon/off 判定周期等の見直しを検討する。(3) Case 1とCase 4のヒートシンク平均温度を比較すると、温度変動の大きさは1.5 ℃程度異なる。温度変動による変形が気になる場合等は熱解析結果を用いて影響を評価する。(4) Case 1~ Case 4のヒータDuty(ヒータon 時間の割合)を比較すると、有意な差異は見られない。今回のコンフィギュレーションでは、ヒータ容量の妥当性評価は、Case 1に相当する通常の熱モデル化で大きな問題は無いと言える。今回、解析ケースを設定しなかったが、従系ヒータ制御時の結果を併せて確認する必要がある。また、ヒータ及び温度センサのレイアウトの条件を変えた解析ケースを設定することにより、レイアウトの最適化に必要な情報が得られる。以上より、ヒータon/off 判定に使用される温度のA/D変換、制御系設計に依存する給電遅れの熱モデル化有無が解析結果に与える影響を定量的に確認できた。条件によってはヒータ制御による温度変動幅に影響がある。熱モデルで模擬されていない項目を理解し、その影響の程度を認識しておくことで、通常のモデル化で得られた解析結果から十分な評価を実施できる場合が多いと考える。ヒータ制御に限らず、衛星システムや各サブシステムとインタフェースする項目については、基本設計の段階で大きな問題がないか確認し、必要なリソースの確保及びインタフェース条件の調整を実施しておく必要がある。図7 ヒートシンク温度分布図5 MSS 技報・Vol.29その際、熱解析結果を活用した定量的なトレードオフは、衛星開発の進捗及び性能向上に貢献すると考える。4.むすび人工衛星ヒータ制御の熱モデル化に関して、ヒータon/off 判定に使用される温度のA/D 変換、制御系設計に依存する給電遅れの熱モデル化有無による熱解析結果の差異を確認した。条件によってはヒータ制御による温度変動幅に影響があることが分かった。これらの項目は、通常の衛星システム全体を対象にした熱解析で考慮されないことが多い。今回、一例としてヒータ制御を取り上げたが、熱制御系として評価すべき項目は多岐に渡る。他の項目についても解析対象(衛星システム)を理解し、目的に合った熱モデル化を選択し、要すればモデルを使い分けて必要な検討・検証を網羅することが必要である。参考文献(1) 大西 晃,ほか:宇宙機の熱設計,名古屋大学出版会(2014)(2) Gilmore,D. G.:Spacecraft Thermal ControlHandbook Volume I:Fundamental Technologies,Second Edition,The Aerospace Press(2002)(3) C&R Technologies,Inc.:Thermal Desktop User'sManual,Version 6.0(2017)(4) C&R Technologies,Inc.:SINDA/FLUINT User'sManual,Version 6.0(2017)(5) Celotti,L.,et al.:MASCOT thermal design:howto deal with late and critical changes,29thEuropean Space Thermal Analysis Workshop,Appendix F(2015)(6) 舟生 豊朗,ほか:次世代熱制御システムの標準化検討,第57 回宇宙科学技術連合講演会講演集,JSASS–2013–4085(2013)(7) 宇宙航空研究開発機構:JAXA 共通技術文書 電気設計標準,JERG–2–200(2008)Thermal Desktop、SINDA/FLUINT は、C&RTechnologies,Inc. の登録商標です。執筆者紹介井本 寛之2006 年入社。入社以来、宇宙機の熱設計・解析業務等に従事。技術士(航空・宇宙部門)。酒井 菜名子2009 年入社。入社以来、宇宙機の熱設計・解析業務等に従事。北嶋 麻里絵2011 年入社(日本アドバンス・テクノロジー株式会社)。入社以来、宇宙機の熱設計・解析業務等に従事。平出 和広1991 年入社。入社以来、宇宙機の熱設計・解析業務等に従事。