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Category:ロケット・宇宙機・人工衛星開発
軌道上スペースデブリ観測システムの検討

宇宙機へ衝突するスペースデブリの脅威は年々増加している。スペースデブリの脅威への対策を立てるにはデブリ拡散の全体像や個々のデブリ軌道情報などのデータを得ることが重要である。さらにそのデータの精度を上げることにより適切なデブリ対策を行うことができる。高精度の観測を実現するための方法として、軌道上でデブリを観測する複数衛星の立体観測システムと電波干渉計を用いた単独衛星のシステムを検討した。
参考情報:
1 MSS技報・Vol.26*つくば事業部 第二技術部 軌道上スペースデブリ観測システムの検討 Study of Space Debris Observation System on orbit鈴木 和典* Kazunori Suzuki 宇宙機へ衝突するスペースデブリの脅威は年々増加している。スペースデブリの脅威への対策を立てるにはデブリ拡散の全体像や個々のデブリ軌道情報などのデータを得ることが重要である。さらにそのデータの精度を上げることにより適切なデブリ対策を行うことができる。高精度の観測を実現するための方法として、軌道上でデブリを観測する複数衛星の立体観測システムと電波干渉計を用いた単独衛星のシステムを検討した。 Threat of space debris that collide to the spacecraft has been increasing year by year.Data ofdebris diffusing situation and individual debris orbit, are important in order to make acountermeasure to this threat.Further, it becomes possible to perform measures to correct thedebris problem by increasing the accuracy of the data.As a method for realizing high-precisionobservation, I have studied a Space Debris multiple optical satellites stereo observation systemand a Space Debris single Radio Interferometer Satellite system. 1.まえがき スペースデブリ(以降「デブリ」と言う)の宇宙機への脅威は年々増加している。これへの対策(防御、回避、抑制、回収など)を立てるにはデブリ拡散の全体像や個々のデブリ軌道情報などのデータを得ることが必須である(1)(2)(3)(4)。さらにそのデータの品質を上げることにより適切なデブリ対策を行うことができる。 現状のデブリ観測では、デブリ位置が地上に設置された光学望遠鏡またはレーダーにより観測されている。光学望遠鏡観測においては観測視野に限界があることと観測時間が夜間に限られ天候の条件が良い場合に限られる等の制約がある。レーダー観測においては光学望遠鏡観測と同様に、観測視野に限界があること、観測時間と天候の制約が少ない代わりに探査距離が最大数千キロの制約がある。これらの観測制約への対処及びより高精度の観測を実現するための方法として、軌道上でデブリを観測する複数衛星のシステムと単独衛星のシステムを検討した。 本論文は、複数衛星のシステムは第58回宇宙科学技術連合講演会(2014)「複数光学衛星によるスペースデブリ立体観測の検討」(5)、単独衛星のシステムは第59回宇宙科学技術連合講演会(2015)「電波干渉計を利用したスペースデブリ観測衛星の検討」(6)として講演したものを元にまとめ直したものである。 複数衛星のシステムは、軌道上に複数の光学観測衛星を配置し、デブリを2方向以上から同時に観測(立体観測)することで位置決定精度の向上、軌道決定時間の短縮を行うことができる。このシステムの実現性の検討結果を報告する。ただし、このシステムは複数の衛星が必要であるため、単独衛星のシステムに比べて規模が大きくなる。 単独衛星のシステムでは、電波干渉計とドップラー効果を用いて計測する方式を提案した。これは、太陽由来の電波の伝搬距離がデブリを反射して到達する場合と直接到達する場合で異なることを電波干渉計により測定することによりデブリ位置を求める方式である。さらに、デブリ反射の太陽電波のドップラー効果を測定することによりデブリの速度を求める方式を考案した。2.複数光学衛星によるデブリ立体観測システム 図2-1に示す複数の光学観測衛星によるデブリの立体観測システムについて検討した。 この立体観測システムは立体観測を行うため複数の観測衛星から成る。各観測衛星は、光学望遠鏡によりデブリとその背後の恒星位置から恒星位置情報を用いて正確なデブリ方向ベクトルを求めることができる。また、軌道上の複数個所から同時に観測(立体観測)すること2 MSS技報・Vol.26なくなり、また背景が恒星でないためにデブリ方向ベクトルの決定が不可能になる。bの範囲ではデブリが地球の裏側にあるため見えない。 複数衛星を軌道上の別の位置に配置することにより不可視部分の大部分はいずれかの衛星により観測可能とすることができるが、一部カバーできない範囲が存在する。地球に近い領域においては、どの衛星からも観測ができない領域と複数衛星で観測できない領域が存在する。その例として、図2-3は4基の衛星(A,B,C,D)で観測する場合の不可視範囲を重ねたものである。d1,d2に示す範囲はどの観測衛星からも見えない領域のもっとも高い高度である。d1はA衛星可視範囲の境界とB衛星可視範囲の境界の交点と地表の距離である。d2はA衛星可視範囲の境界とC衛星可視範囲の境界の交点と地表の距離である。これらより低い高度では観測が不可となる。各衛星を静止軌道上に90°間隔で配置し、地球の大で、短時間かつ高精度でデブリの位置観測が可能になる。 衛星での観測は地上観測に比べ、天候の制約がなく、大気がないため観測条件ははるかに良い。さらに観測衛星を複数にすることにより観測時間の制約も大幅に緩和される。 さらに、この立体観測システム実現性について、技術的観点から軌道上からの観測可能性(物理的に観測できる範囲、等級)の検討、軌道上の2点から同時観測した場合の位置決定アルゴリズムの検討を行った。2.1 デブリの観測可能性 軌道上の観測装置(各衛星)でデブリ観測ができない観測条件は、以下のとおりである。⑴ デブリの背後が地球になる場合⑵ デブリが地球の影になる場合⑶ デブリが地球の日陰に入る場合⑷ デブリの太陽光反射(太陽-デブリ-観測点角度)による明るさの等級が低い場合 上記の観測条件でも複数衛星による観測が可能となる条件について、以下に検討した。 観測条件⑴、⑵は、図2-2のaの範囲が上記条件の⑴、bの範囲が⑵に相当する。aの範囲で地球が背景になると地球のアルベドによる明るさによりデブリが識別でき図2-1 複数の光学観測衛星によるデブリの立体観測システム図2-2 衛星から観測不可の範囲3 MSS技報・Vol.26 図2-4に、太陽・地球・観測衛星の位置と観測衛星から観測できる明るさの関係を示す。各図において、X軸,Y軸は、原点(0,0)を地球中心として、それぞれの軸の範囲を-45,000Kmから45,000Kmとした赤道軌道面上の位置座標を示す。太陽位置をX軸遠方とし、静止軌道半径をRsとした場合の観測衛星位置座標を(0,-Rs)とした。 Z軸は、赤道軌道面座標上(X,Y)に位置するデブリの明るさを、基準の等級と比較した等級の差として示している。基準の等級は、デブリからの距離をRs、太陽が背後(θ=0°)に位置する観測点の場合(球形のデブリに影がない場合に相当)の明るさの等級とした。明るさは等級の差で示している。この図から分かることはデブリの距離が近いところでは等級が低く(明るく)なり、地球から静止軌道半径の範囲であれば暗くてもほぼ2等級から4等級高くなる。 図2-5は、4か所に配置した衛星から最も明るく観測できる等級を示したものである。この4か所の衛星のどれかが、ほとんどのデブリ位置(XY面)で基準の明るさと同等かそれ以上に明るいことが分かる。すなわち4基配置により基準以上の明るさで観測可能となる。 図2-6は、2番目に明るい等級を示したものである。立体観測の場合、2か所から観測するため2番目に明るい等級が制約となる。図から大部分が基準より2等級以内、暗くても3等級の明るさである。すなわち、この図で観測できる等級の明るさであるならば立体観測が可能となる。2.2 デブリ位置決定アルゴリズム 2つの観測点から同時に観測した方向ベクトルからデブリの位置を求めることができる。気によるアルベドの明るさが高度100kmまでとすると、d1,d2の高度は、それぞれ、795km、178kmとなる。d3はA衛星可視範囲の境界とB衛星可視範囲の境界の交点からC衛星可視範囲の境界までの地心方向の距離である。この範囲は、C衛星のみの可視範囲で複数の衛星から観測することができない。 観測条件⑶ではデブリが地球の影(夜の部分)となると太陽光が当たらないため観測ができない。 観測条件⑷の検討のため、簡単なモデルを用いた。デブリを球体とし観測点から見える太陽が当たる面積の割合が反射光の強さと比例し、反射光の強さがデブリと観測点の距離の二乗に反比例すると仮定した。 太陽-デブリ-観測点の角度をθ、デブリの半径をaとすると、光が当たる面積の関係は、となる。デブリに影がない場合(θ=0°)の面積をS 0とし、Ifをその時の光度(光源の強さ)とすると、θとの関係は次の式(2-2)で表すことができる。 また、デブリの光度がIの場合、それと観測点との距離をrとすると観測者が観測する明るさmrは、次の式(2-3)となる。 これらをまとめ、デブリから見た太陽方向と観測点の角度がθで、デブリと観測点の距離をrとすると観測点から見たデブリの明るさm( r、θ)は、式(2-4)となる。 ある基準点(rs、θs)の明るさをms、観測点(r、θ)の明るさをmとするとその時の等級の差Δnは式(2-5)となる。図2-3 複数衛星の場合の不可視範囲図2-4 デブリの明るさ(観測点(0,-Rs))4 MSS技報・Vol.263.単独衛星によるデブリ観測システム デブリ位置測定装置を軌道上の衛星に設置し、デブリから反射する太陽由来の電波と直接到達する電波を観測し、デブリ位置と速度を測定する(図3-1参照)。 デブリ位置は、光学望遠鏡によるデブリの位置方向の算出値と電波干渉計と遅延装置から計測した到達時間差から電波の航路差を算出することにより求める。デブリ速度は、両電波のドップラー効果を計測値により求める。さらに、デブリ位置とデブリ速度から軌道決定を行うことができる。3. 1 スペースデブリ位置測定装置の概要 スペースデブリ位置測定装置の概略図を図3-2に示す。 スペースデブリ位置測定装置は、デブリを観測する光学望遠鏡とデブリにより反射される太陽由来の電波を受信するアンテナ、太陽由来の電波を直接観測する受信アンテナ、光学望遠鏡で得た画像を処理しデブリの方向ベクトルを算出する機能、到達時間計測機能、ドップラー効果計測機能、各測定値からデブリ位置速度を算出する機能から成る。 到達時間計測機能では、直接観測の太陽電波が電波干渉計へ入力する時間を調整(時刻遅延(Δt))し、デブリ反射電波と位相が重なるタイミングを求めることで、太陽電波とデブリ反射電波の到達時間差(=Δt)を計測する。3. 2 デブリ方向単位ベクトルの測定 デブリ方向ベクトル は、光学望遠鏡によりデブリの位置方向の背景恒星位置との位置関係から求めることができる。背後の恒星位置はデータベースされたものから検索し、デブリと近い恒星位置からデブリ方向を算出する。3. 3 デブリ位置の算出⑴ 電波干渉を利用した到達時間差の計測 電波の発生源が同一であるなら、異なった経路で伝搬した電波は、電波の位相が一致した場合は、電波の強度が大きく、電波の位相が一致しない場合には互いに打ち消し合って電波の強度が弱くなる。発生源から到達時間が異なる電波の一方の到達時間を遅延させることにより位相を合わせ電波の強度を最大にする。この遅延時間が到達時間差(Δt)になる。 デブリ観測の場合、太陽由来の電場を利用し、太陽→デブリ→観測点の到達時間(t1)と太陽→観測点(O) 図2-8からまた、la、lbは次の式で求めることができる。このことから、デブリ位置rdは式(2-10)で表しその時の誤差の大きさはdとなる。図2-5 最も明るく観測できる等級図2-6 2番目に明るい等級図2-8 2観測点から観測した方向ベクトル5 MSS技報・Vol.26できる。3.4 デブリ速度の測定⑴ ドップラー効果の計測 デブリで反射した太陽電波の振動数 と直接到来した太陽電波の振動数νを計測する。 図3-2に示すように光のドップラー効果を利用して と の差から速度を求めることができる。⑵ デブリ速度の算出 光源Sが観測者Oから見て角度φの方向に速さVで運動している場合、Oでの光の振動数 は、となるが、地球を周回するデブリ速さVdのように、Vd<<Cの場合は、以下のように近似できる。 これより、 と置くと、デブリの位置測定の到達時間(t2)の時間差(Δt)を求める。⑵ 到達時間差からデブリ位置を求める 太陽から放射された電波は一方はデブリ反射を経由しもう一方は直接観測点へ到達する。この時間差(Δt)を測定することにより航路差(ΔL)を求めることができる。 また、観測点から見たデブリ方向と太陽方向の挟み角をθとすると、観測点からデブリまでの距離(Ld)と航路差(ΔL)の関係は次の関係がある。 Ldを求めると すなわち、以下の式になる。 デブリの観測点からみた単位方向ベクトル は3.2項に示した様に算出できることから、roを観測点の位置ベクトルとするとデブリ位置rdは、次の式で求めることが図3-1 電波干渉計を利用したスペースデブリ観測衛星システム概要6 MSS技報・Vol.264.むすび デブリ問題は今後の宇宙空間利用に大きく関わってくることから、それへの対策が重要課題になっている。その対策をとるにあたりデブリ観測は前提となっており、デブリの状態を逸早く精度よく求めることが必要である。このために宇宙科学技術連合講演会で講演したアイデアを紹介し、これがこれまでより有効な観測システムとなる可能性を示した。実現性の面よりさらに検討を進めるには、机上の検討だけではなく、実験による検証等が必要であり、このようなシステムの今後の宇宙利用への有効性、必要性を認識して頂くことが重要だと考えている。参考文献⑴ 鈴木:デブリ軌道予測システム、第53回宇科技連、3H08, 2009⑵ 鈴木:楕円軌道衛星のデブリ衝突予測について、第54回宇科技連、3I12, 2010⑶ 鈴木他:スペースデブリの衝突予測方法について、第56回宇科技連、2C08, 2012⑷ 鈴木:スペースデブリの軌道と衝突インパクトの関係について、第57回宇科技連、1O03,2013⑸ 鈴木:複数光学衛星によるスペースデブリ立体観測の検討、第58回宇科技連、3F06,2014⑹ 鈴木: 電波干渉計を利用したスペースデブリ観測衛星の検討、第59回宇科技連、3L07,2015執筆者紹介鈴木 和典1980年入社。鎌倉分室(現鎌倉事業部)配属。1993年つくば事業所(現つくば事業部)に異動。約十基の人工衛星,宇宙機(SFU,ISS,HTV)の地上システム設計開発に従事。この間、軌道制御,宇宙用AI、ランデブーの研究を行い、近年はスペースデブリの研究を行っている。結果からcosφ及び速度方向単位ベクトル を求めることができれば、デブリ速度ベクトルVdは次式で表せる。3.5 電波干渉計を用いたシステムの課題 電波干渉計を用いたシステムではデブリで反射される太陽電波が発信源の太陽電波の属性を維持して、直接受信した太陽電波と干渉をすること、ドップラー効果を測定できることを前提としている。 デブリで反射された電波は、デブリの大きさ、形状、材質、回転などの運動状況により元々の電波に外乱として影響を受けることが予想される。このことから元々の属性をどれだけ太陽電波抽出処理により取り出せるかが課題となる。図3-2 スペースデブリ位置測定装置の概略図