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Category:ロケット・宇宙機・人工衛星開発
緩降下するカプセルの着水衝撃シミュレーション

宇宙からの物資回収または宇宙飛行士の帰還を考えた場合、着水/着地時に物資/宇宙飛行士を搭載したカプセルに掛かる衝撃負荷を正確に予測し、設計段階で問題ないレベルまで低減しておくことは必須の検討事項である。本稿では、着水衝撃に焦点を当て、多様な着水条件下での衝撃負荷を予測するシミュレーションについて報告する。
参考情報:
1 MSS技報・Vol.24*つくば事業部 第二技術部 緩降下するカプセルの着水衝撃シミュレーション Water landing simulation of slow-descending capsule 杉本 隆* Ryu Sugimoto 宇宙からの物資回収または宇宙飛行士の帰還を考えた場合、着水/着地時に物資/宇宙飛行士を搭載したカプセルに掛かる衝撃負荷を正確に予測し、設計段階で問題ないレベルまで低減しておくことは必須の検討事項である。本稿では、着水衝撃に焦点を当て、多様な着水条件下での衝撃負荷を予測するシミュレーションについて報告する。 A numerical investigation was conducted for water landing of HTV-R reentry capsule.Deceleration records were measured with onboard miniature accelerometers and a data recorder, inwhich interference of accelerometers cables can be removed. High speed video camera was alsoused to observe attitude of the capsule. Speed and angle when water entry were varied from 1.8m/sec to 3.9m/sec and 0degree to 35degree, respectively. Numerical simulation with an explicitnonlinear dynamic finite element code was also conducted under same experimental condition. Thepredicted acceleration showed the good agreement with the measurement. 1.はじめに 宇宙からの物資回収または宇宙飛行士の帰還を考えた場合、物資/宇宙飛行士を搭載したカプセルは地球大気へ突入してパラシュートで減速・緩降下し、海上へ着水または陸上へ着地することが想定される。物資の回収または宇宙飛行士の帰還という目的を果たすためには、着水/着地時に掛かる衝撃負荷を正確に予測し、設計段階で問題ないレベルまで低減しておくことは必須の検討事項である。 現在宇宙航空研究開発機構では、⑴現運用中の宇宙ステーション補給機(HTV)に宇宙ステーションから物資を回収する機能を付加したHTV-Rの検討、および⑵有人宇宙船のシステム検討を進行中である。最終的な地表帰還の形態として、HTV-Rは海上着水、有人宇宙船は海上着水または陸上着地を想定しており、ベースライン形状が定義されたHTV-R回収カプセルのスケールモデルによる着水試験(1)が行われている。 着水に限って言えば、カプセルのような球状底面を有する物体の着水衝撃に関する問題は、von Karmanアプローチ(2)を基礎とする、物体と流体の間に運動量保存則を適用させた理論(3)(4)により、底面曲率が一定とみなせる着水姿勢・垂直速度のみの緩降下といった着水条件下での衝撃レベルを概ね説明することができる。しかし、底面曲率が変化する着水姿勢(ヒートシールド端部付近からの着水を想定)や水平速度を持った緩降下(風に流されての着水を想定)の着水条件での衝撃は形状依存となるため、この条件下での衝撃負荷の予測は単純ではない。また、HTV-Rは最大径4mを超す大きさであり、試験設備などの制約により、試験で検証できる着水条件は限られることが容易に想像できる。 これらを踏まえると、多様な着水条件下での衝撃負荷を予測する手法としては、シミュレーション技術が最も有効と考えられる。 Wangら(4)は、アポロ宇宙船を想定したカプセルの3次元着水シミュレーションを行い、理論解との比較を行っており、筆者ら(5)はそれを参考にシミュレーションとアポロ宇宙船の着水試験(6)を比較し、最大加速度で良い一致を得た。但し、アポロ着水試験の加速度履歴に有用なものがなかったため、最大加速度の比較に留まった。平木ら(7)は、着水時における鈍頭円錐体に発生する加速度を実験的・理論的に調べ、2次元モデルでのシミュレーションと実験の加速度履歴の比較を行った。 そこで、本研究では、緩降下するカプセルとしてHTV-R回収カプセルベースラインを想定し、流体構造連成解析の計算機能を有する汎用3次元衝撃解析プログラムMSC.Dytranを用いた着水数値シミュレーションを行った。シミュレーション結果は、理論解およびスケー 2 MSS技報・Vol.24ルモデルによる着水試験の加速度履歴と比較し、シミュレーションの予測精度を評価した。2.着水試験 着水試験の詳細は中野ら(1)の報告があり、ここでは概略のみを述べる。 試験模型(図1)は、その大きさがHTV-R回収カプセルベースライン形状の6.8%スケール(最大径30cm弱)であり、質量・重心位置がそのスケールに一致するように考慮されてツーリングマテリアルを切削・接着することにより製作されたものである。試験模型の製作後の計測では、質量は計測装置などを搭載した状態で約1.8kgである。 着水時の加速度計測に当たっては、加速度計・データ収録装置を模型内部へ設置し、模型外部へケーブルを出すことなく、内部で計測が完結できるようにすることで、計測装置設置による着水挙動への影響を排除してある(図1)。 PCB社の1軸加速度計352C65が模型底面に設置され、JAXA角田宇宙センターが開発したフリーフライト用データロガー(8)がデータ収録装置として模型内部へ設置された。また、着水瞬間の角度・速度を計測するために、高速度カメラによる撮影(撮影速度1000fps)が行われた。 模型が着水する水槽は、当初は海上技術安全研究所動揺水槽(幅8m、水深4.5m)を使用していた。しかし、着水角度30deg(有人宇宙船のノミナル着水角度)近傍では、JAXAに設置した簡易水槽(φ2.1m、水深0.45m)で取得した試験結果と動揺水槽で取得した試験結果に有意な差がなかったため、主に簡易水槽を使用し、試験時のターンアラウンドを向上させた。 試験は、模型に働く衝撃力や着水時の挙動などが実機と同じになるよう、次のフルード数Frを合わせた条件で、垂直速度のみを付加したケース、ならびに垂直速度と水平速度を付加したケースが図2に示す試験方法で実施された。⑴ ここで、Vvは模型の垂直速度、gは重力加速度、Lは模型の代表長さである。3.シミュレーションモデル3.1 モデル概要 シミュレーションモデル(図3)のモデル化アプローチについて説明する。本研究で使用するシミュレーションコードでは、HTV-R回収カプセルのような構造物の図1 試験模型と計測装置図2 試験方法図3 シミュレーションモデル3 MSS技報・Vol.243.4 流体構造連成 流体と構造の連成は、双方向の弱連成で解く。すなわち、流体と構造の異なる支配方程式を独立に解き、カプセル外表面に定義した境界上で、流体と構造について以下の連成計算を行う。⑴流体計算では構造表面を境界条件として流れ場を計算する。計算結果(流体圧力)は、次の構造計算で構造表面へ負荷される。⑵構造計算では流体からの圧力荷重を境界条件として計算する。計算の結果、構造は移動するため、移動後の構造表面は次の流体計算で新たな境界条件となる。4.シミュレーション結果4.1 理論解との比較 シミュレーションの予測精度を確認するために、着水時の物体と流体の間に運動量保存則を適用したvonKarmanアプローチ(2)を基礎とする理論解との比較を行う。 平野の理論(3)では、ある垂直速度で着水する球状底面を有する物体が受ける最大加速度aは次式により計算される。ただ、平野の理論では、水面の盛り上がり等が考慮されておらず、着水時の最大加速度が小さく見積もられる。⑶ ここで、ρは水の密度、Rは物体底面の曲率半径、mは物体の質量、Vvは物体の垂直速度である。 水面の盛り上がり等を考慮した理論はWagnerによって提唱され、Milohは最大浸水深bmaxに関連させて次式のsemi-Wagner理論(4)を提案している。⑷⑸⑹ カプセル底面の曲率半径が一定とみなせる着水角度0deg、10degについて、垂直速度1.8m/sec、2.6m/secのシミュレーション結果(カプセル重心位置での機体Z方向の最大加速度)と理論解との比較を行った(図4)。 シミュレーションの着水環境モデルでは計算領域内の空気と水の移動に制限がなく、水面の盛り上がりも計算上考慮されるため、シミュレーション結果は、平野の理論に比べて最大加速度が大きく、水面の盛り上がりを考慮したsemi-Wagner理論に近い値となっており、妥当な結果と言える。ラグランジュ法のモデルと着水環境(空気・水)のようなオイラー法のモデルを独立に解き、予め定義しておく境界上で流体と構造の相互作用を表現することで、着水シミュレーション(流体構造連成シミュレーション)を実現している。各モデル・連成方法の詳細は以降で説明する。 なお、このシミュレーションは陽解法で時間発展が計算されるが、CFL(Courant、Friedrichs、Lewy)条件を満足させるための時間刻みの調整はシミュレーションコード内で自動で行われる。3.2 カプセルモデル カプセルモデルは、着水試験に合わせて、HTV-R実機サイズではなく、6.8%スケールサイズの有限要素モデルとし、4節点シェル要素で離散化する。格子数は9328であり、底面の格子サイズは約4mmである。質量・重心位置は試験模型の計測値に合わせて設定し、慣性モーメントは試験模型のCADモデルベースの値を設定する。 なお、現段階では、構造物の弾性的な変形を考えず、着水時の現象を原理的に理解するため、カプセルモデルは剛体とする。また、事前検討の結果として、着水時にカプセルと水面の間に空気の層が入るよう、カプセル初期位置は水面から上方に設定する。3.3 着水環境モデル 着水環境モデルは、1.02m×1.02m×0.85mの計算領域に空気と水を含み、計算領域外へは流出しない境界条件(完全反射)となっている。着水環境モデルの支配方程式は3次元圧縮性Euler方程式であり、有限体積法により空間離散化が、前進差分により時間離散化が、行われている。 また、計算格子は移動変形しない直交格子を用い、格子数は150×150×240(合計540万格子)である。カプセル着水地点の格子サイズは、カプセルの着水挙動をより正確に押えられるよう、Wangら(4)の研究を参考に約2mm×2mm×1mmと設定する。 空気は初期状態で大気圧に設定し、シミュレーション中は理想気体の状態方程式により空気の圧力を計算する。また、水は初期状態で静水圧に設定し、シミュレーション中は次の状態方程式(4)により水の圧力Pを計算する。⑵ ここで、Kは水の体積弾性係数、ρはシミュレーション中の水の密度、ρ0はシミュレーション開始時の水の密度である。4 MSS技報・Vol.245.実機サイズへの適用に向けて これまでに説明した着水シミュレーションの手法を実機サイズのシミュレーションに適用する際は、単にスケールアップするのみで問題ないと推測される。この推測が正しければ、HTV-R回収カプセルの実機サイズと模型サイズによる着水シミュレーション結果には、フルード数を一致させた相似則((6)表1)が成立するはずである。 着水角度30deg、垂直速度3.9m/sec(実機サイズ換算で15.0m/sec)のシミュレーション結果(カプセル重心位置での垂直速度・機体Z方向の加速度・角速度)を図4.2 着水試験との比較 有人宇宙船のノミナル着水角度は、アポロ宇宙船のノミナル着水角度27.5degと同等の30deg近傍を想定しているため、シミュレーションと着水試験の比較も、着水角度30degで行う。 シミュレーション結果と試験結果の比較例として、垂直速度2.6m/sec、水平速度-2.6m/secの着水条件におけるカプセル底面中央での加速度履歴(機体座標系表現)を図5に示す。なお、シミュレーション結果には計算格子サイズに起因する振動が見られたため、ローパスフィルタリングを行った。カットオフ周波数は1kHzである。 機体Z方向における加速度履歴はシミュレーションと試験で良い一致を示していることが確認できる。なお、シミュレーション結果には最大加速度の発生以降に大きな振動が見られるが、これは後述する実機サイズと模型サイズの比較(図6の中央)より、模型サイズのシミュレーション特有の現象であることが分かる。 また、機体X方向では試験結果に比べてシミュレーション結果は最大加速度で約35%大きい値を示した。着水試験における加速度計の接着剛性、模型剛性等の影響が疑われるが詳細については検討中である。図4 理論解との比較図5 着水試験との比較図6 実機サイズと模型サイズの比較5 MSS技報・Vol.24の着水姿勢θと垂直速度Vvをパラメータとして変更したシミュレーションを行い、その感度を整理した。 なお、実機サイズのシミュレーションが模型サイズのそれに比べて計算コストが小さいとは言え、パラメータの組合せを網羅的にシミュレーションするのは現実的ではない。 そこで、サンプル点でシミュレーションを行い、Krigingモデルにより重心位置での最大加速度の応答曲面を求めた(図7)。サンプル点は、着水姿勢が0、5、10、20、30deg、垂直速度が5、10、15、20m/secとした。 応答曲面は、垂直速度が小さい程、重心加速度(衝撃負荷)が小さい事を示している。理論解とも、一致した傾向である。また、衝撃負荷を低減するという観点で応答曲面を見ると、着水姿勢25~30degは、着水姿勢の変化に対する感度がZ方向で低く、X/Z方向とも加速度が他姿勢に比べて比較的小さいため、最適な着水姿勢と推測される。この着水姿勢は、底面端部(底面曲率の小さい部位)付近からの着水である事が、衝撃負荷を小さくしている要因と考えられる。6に示す。 実機サイズのシミュレーション結果は表1に示す相似則に基づき模型サイズの値に換算した後の結果を示してある。 垂直速度については、実機サイズと模型サイズのシミュレーション結果は一致している。加速度については、模型サイズでは振動が見られるものの、加速度レベル・傾向とも良い一致を示している。角速度については、最大加速度発生以降に差異が見られるが、0.016sec時点で約5%の差であり問題ない程度と考えられる。この結果より、模型サイズに適用してきた着水シミュレーションの手法は実機サイズのシミュレーションにも適用可能と言える。 なお、実機サイズのシミュレーションではCFL 条件の関係で模型サイズに比べて時間刻みを大きく取ることができるため、JSS-Aシステム(JAXAスパコン)上で16コアを使用し、0.1sec(模型サイズ換算で0.026sec)までの計算を行うのに約45時間で済んでいる。同条件の模型サイズのシミュレーションが32コアを使用し、0.02secまでの計算を行うのに約96時間を要することから、単純計算で、実機サイズのシミュレーションは模型サイズに比べて約1/6の計算コストと言える。6.実機サイズの予備検討 着水衝撃に寄与するパラメータとしては、着水時の姿勢、垂直速度ならびに水平速度等が挙げられる。これらに応じて、着水衝撃がどのように変化するかを知っておく事は、物資/宇宙飛行士に掛かる衝撃負荷を低減するための第一段階と言える。これらを知った上で、衝撃を受ける機体(通常は底面)からインタフェース点までの伝搬特性の把握・検討、物資/宇宙飛行士への負荷評価が行われると考える。 さらには、これらを知る事は、上流側(パラシュート系)への設計条件を提示するという意味でも有用である。 予備検討として、HTV-R回収カプセル(実機サイズ)表1 実機サイズと模型サイズの相似則図7 着水衝撃の応答曲面6 MSS技報・Vol.24(4)John T. Wang and Karen H. Lyle:SimulatingSpace Capsule Water Landing with ExplicitFinite Element Method, AIAA Paper 2007-1779(5)Sugimoto, R., Shimoda, T., Sato, N. and Nakano,E.:Preliminary Study of the Earth LandingSystem for Manned Space Vehicle, ISTS 2011-g-19(2011)(6)Stubbs, S.M:Dynamic model investigation ofwater pressures and accelerations encounteredduring landings of the Apollo spacecraft, NASATN D-3980, 1967(7)Hiraki, K., Tsugawa, K., Ideno, K. and Inoue, M.:Water-Impact of Reentry Bodies with InclinedAngles, ISTS 2008-e-16(2008)(8)Tanno, H., Komuro, T., Sato, K., Itoh, K.,Takahashi, M., Fujita, K., Laurence, S. andHannemann, K.:Free-flight force measurementtechnique in shock tunnel, AIAA Paper No.2012-1241, 2012執筆者紹介杉本 隆2000年入社。つくば事業部に配属。入社後は、主に国際宇宙ステーションの業務に従事。他、宇宙分野に限らず、連続体(構造、流体)の数値シミュレーションに係る研究支援・ソフトウェア開発に従事。7.おわりに 緩降下するカプセルとしてHTV-R回収カプセルベースラインを想定し、6.8%スケールモデルの3次元着水シミュレーションを行い、得られた加速度と理論解および着水試験との比較を通して、シミュレーションの予測精度について評価した。シミュレーションは、理論解およびスケールモデルによる着水試験を精度良く再現できることが確認できた。また、このシミュレーションは、実機サイズへの適用についても問題ないことが確認できた。 今後は、オフノミナルの着水角度についての予測精度を評価するとともに、緩降下するカプセルが受ける衝撃負荷をシミュレーションで予測し、カプセル設計へのフィードバックを実施する。また、有人宇宙船の地表帰還の一つとして考えられている陸上着地のシミュレーションについても検討を行う予定である。 最後に、着水衝撃シミュレーションに際して、多大なご指導を頂いた、宇宙航空研究開発機構の中野様、内川様、丹野様ならびに下田様に深く感謝する。参考文献(1)中野 英一郎,他:有人宇宙船の着水衝撃に関する研究, 第57回宇宙科学技術連合講演会講演集, 2J03,2013(2)von Karman:THE IMPACT ON SEAPLANEFLOATS DURING LANDING, TECHNICALNOTE NO. 321, 1929(3)平野 陽一,他:着水衝撃荷重について, 東京大学宇宙航空研究所報告 第6巻 第3号(B), pp. 763-777, 1970