このページの本文へ

ここから本文

テクノロジー

技術レポート:アーカイブ

Category:ロケット・宇宙機・人工衛星開発

ロボットアーム運用のための軌道上荷重検証

ロボットアーム運用のための軌道上荷重検証

国際宇宙ステーションでロボットアーム運用を行うためには、様々な軌道上荷重環境下での安全性を事前に検証しなければならない。本稿では、「きぼう」ロボットアーム運用のための軌道上荷重検証への取り組みについて報告する。

ロボットアーム運用のための軌道上荷重検証[PDFファイル]

参考情報:

  • この技術レポートは、当社が展開する宇宙・通信事業のロケット・宇宙機・人工衛星開発ソリューションに係る技術について著述されたものです。
  • ロケット・宇宙機・人工衛星開発ソリューションは、つくば事業所鎌倉事業所が提供しています。
MSS技報・Vol.21 22技術論文*つくば事業部 第二技術部
ロボットアーム運用のための軌道上荷重検証
On-orbit loads verification for Robot Arm operations
杉本 隆* 服部 浩明* Ryu Sugimoto, Hiroaki Hattori
国際宇宙ステーションでロボットアーム運用を行うためには、様々な軌道上荷重環境下での安全性を事前に検証しなければならない。本稿では、「きぼう」ロボットアーム運用のための軌道上荷重検証への取り組みについて報告する。
For all robot arm operations on the International Space Station, the advance verification of thesafety under the various kinds of on-orbit loading events must be conducted. This paper introducesthe approach for on-orbit loads verification for Kibo’s robot arm(JEMRM) operations.
1.まえがき 日本実験棟「きぼう」は、2008年3月に船内保管室、2008年6月に船内実験室とロボットアーム(図1)の親アームが打ち上げられ、軌道上での運用が始まっている。ロボットアームの子アームも、2009年9月に宇宙ステーション補給機で打ち上げられ、2010年3月に軌道上で機能確認が行われた後、軌道上で保管されている。 軌道上運用時の「きぼう」には、国際宇宙ステーションへのロシア宇宙船のドッキング衝撃荷重や、軌道上昇(リブースト)時の加速度、宇宙飛行士の船外活動による荷重などが掛かる。これらの軌道上荷重環境下においても、「きぼう」ロボットアーム(Japanese ExperimentModule Remote Manipulator System: JEMRMS)によるペイロード移設などのロボットアーム運用(図2)は、有人システムの安全を確保しながら遂行されなければならない。 このため、国際宇宙ステーションのロボットアーム運用においては、軌道上での運用前に、各種の軌道上荷重に対するロボットアーム運用の規定を整理することになっており、実時間の運用では、それら運用規定に基づき、ロボットアーム運用が行われている。もちろん、JEMRMSの運用規定を整理するためには、軌道上荷重に対するJEMRMSの挙動を予測する必要がある。 本稿では、ロボットアーム運用のための軌道上荷重検証への取り組みとして、軌道上荷重に対するJEMRMSの挙動予測と運用規定の設定について報告する。 
親アーム関節2 親アーム関節1親アーム関節3親アーム関節4親アーム関節6親アーム関節5親アーム基部親アームブーム1親アームブーム2親アームブーム3ひじ部視覚装置手首部視覚装置エンドエフェクタ子アームエレクトロニクスグラブルフィクスチャカメラエレクトロニクス手首ロール関節力/トルクセンサ手首カメラヘッドツール手首ヨー関節肩ロール関節肩ピッチ関節手首ピッチ関節ブーム1ブーム2肘ピッチ関節図1 「きぼう」ロボットアーム(JAXA HP(1)より) 図2 ペイロード移設中のJEMRMS(JAXA HP(1)より)23技術論文 なお、これら軌道上荷重は、同時に発生し得ることも忘れてはいけない。例えば、国際宇宙ステーションのスラスタを使ったリブースト運用中に、一人の宇宙飛行士が船内を移動し、別の宇宙飛行士がErgometerを使ったエクササイズを行うことは、軌道上では日常的に起こり得ることである。この事象に対するJEMRMSの挙動を予測しようとした場合、“Station reboost”と“Push-offand landing”と”SM ergometer”の軌道上荷重を複合して、JEMRMSの挙動を予測する必要がある。2.2 挙動予測 JEMRMSの挙動予測は、国際宇宙ステーションにおける軌道上荷重を考慮した解析(大規模ではあるが線形で考えられる解析)とJEMRMSの詳細な挙動を予測するための非線形性(関節のバックラッシュなど)を考慮した解析を弱連成した、二段階の解析(図3)により行われている。 ここで、強連成解析を採用しなかった理由は、JEMRMSのローカルな非線形性のために、国際宇宙ステーション全体の大規模な非線形解析を行うのは、非効率だと考えたからである。また、国際宇宙ステーションとJEMRMSの質量比を考えると、国際宇宙ステーションレベルでの予測解析におけるJEMRMS基部(国際宇宙ステーションとの境界位置)での応答は、JEMRMSが線形モデルか非線形モデルかではなく、国際宇宙ステーション側の要因に支配的であると考えられる。 まず、国際宇宙ステーションレベルでの予測解析では、2.1項で示した軌道上荷重と国際宇宙ステーション全体の有限要素モデルを用いた過渡応答解析を行い、軌道上荷重に対するJEMRMS基部(親アーム基部)での荷重・加速度を予測する。 この際、安全側の予測になるよう、不確定性の範囲内で、JEMRMSにとって厳しい(JEMRMS基部での荷重がワーストとなる)軌道上荷重を設定する必要があり、軌道上荷重が有する周波数特性とJEMRMSの固有振動数をできるだけ近づける(共振させる)ことがポイントとなる。2. 軌道上荷重に対するJEMRMSの挙動予測2.1 軌道上荷重 軌道上を周回する国際宇宙ステーションでは、通常の人工衛星と同様に、定期的な軌道上昇や姿勢制御が行われている。また、国際宇宙ステーションの建設は段階的に進み、かつ軌道上では機器メンテナンスが定期的に行われている。さらに、有人システムであるが故に、宇宙飛行士は国際宇宙ステーションの船内や船外で様々な活動を行っている。 これらの日常的な活動の中でも、軌道上荷重が発生してJEMRMSに掛かってくるため、軌道上運用時のJEMRMSの挙動を予測するためには、様々な軌道上荷重を考慮する必要がある。軌道上荷重の一例を表1に示す。 JEMRMSの挙動予測で考慮される軌道上荷重は、軌道上計測結果を基に定式化されたものや姿勢制御情報(スラスタの噴射間隔など)を基にモデル化されたものなどがあり、不確定性を含む定義になっている。不確定性が含まれる理由は、大きく二つに分けられる。一つ目は、JEMRMSの挙動を予測する時点では確定できない運用上の要素があるからである。二つ目は、軌道上荷重が適用される数学モデル(軌道上H/Wを模擬した有限要素モデル)と軌道上H/Wとのコリレーション誤差を、比較的変更が容易な軌道上荷重に、不確定性として含めているからである。 不確定性が含まれる理由の一例については、参考文献⑵、⑶を参照されたい。図3 挙動予測の概要国際宇宙ステーションレベルでの予測解析JEMRMS単体での予測解析表1 軌道上荷重の一例カテゴリ軌道上荷重Extravehicular Activity(宇宙飛行士の船外活動)ORU(Orbital Replaceable Unit)handlingAPFR(Articulating PortableFoot Restraint)laybackIntravehicular Activity(宇宙飛行士の船内活動)Push-off and landingSM(Service Module)ergometerAttitude Control(姿勢制御)CMG momentum desaturationOrbiter Reaction ControlSystem(VRCS/PRCS)Docking(ドッキング)Russian vehicle dockingOrbiter dockingUndocking(アンドッキング)Russian vehicle undockingOrbiter undockingReboost(軌道上昇)Station reboostOrbiter reboostSSRMS Operations(宇宙ステーションロボットアーム(SSRMS)の運用)SSRMS emergency brakingPayload berthingMSS技報・Vol.21 24外の軌道上荷重のケースなどとの、より多くの比較を行い、挙動予測プロセスの妥当性をさらに確認していきたいと考える。3.運用規定の設定 JEMRMSの運用規定を設定する際は、予測したJEMRMS挙動毎に、二つの評価項目に照らし合わせて、軌道上荷重を許容できるか否かを決定する。 一つ目の評価項目は、軌道上荷重により不意にJEMRMSが動くことで、近接したH/Wに衝突することがないかである。JEMRMSと近接したH/Wとの衝突はあってはならない事であり、十分なクリアランスがあることを確認する必要がある。JEMRMSと近接したH/Wとのクリアランスは、国際宇宙ステーション全体の3次元CADモデルを用いて確認することができる(図6)。次に、JEMRMS単体での予測解析では、上記で予測したJEMRMS基部での加速度を入力として、JEMRMSダイナミクスシミュレータを用いて、より詳細なJEMRMS挙動を予測する解析を行い、関節角度や先端(親アームのエンドエフェクタ)の位置・姿勢の変動量などを予測する。また、JEMRMS搭載S/Wは軌道上で各種の異常検知処理を実施しているため、予測解析においても同等な処理を行い、異常検知の有無を予測しておく必要がある。2.3 予測値と軌道上実績値の比較 2009年の初めに、軌道上のJEMRMSにおいて、ブレーキを掛けていた関節が滑る事象(図4)が発生した。主な原因は、国際宇宙ステーションで行われたサービスモジュールによるリブーストであると考えられていたが、軌道上での事象を再現するために、2.2項に示した挙動予測を行った。 予測値と軌道上実績値を比較した結果、予測解析は、軌道上でのJEMRMSの挙動を予測(再現)しつつ、安全側の予測になっていることが分かり、本稿で紹介している挙動予測プロセスが妥当であることを確認した。 比較結果の一部として、親アーム関節 出力軸の変動量についての比較結果(バックラッシュ角の範囲内で変動していた関節については省略)を図5、表2に示す。比較についての詳細は、参考文献⑵、⑶を参照されたい。 なお、予測値と軌道上実績値の比較は、今回紹介した1ケースしか実施できていない。今後は、リブースト以国際宇宙ステーションの進行方向関節1が関節軸(Z軸)回りに、約-2deg滑ったYZX3210-1-2-30 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 220時間(sec)出力軸の変動量(deg)J1(予測値)J2(予測値)J3(予測値)J1(軌道上実績値)J2(軌道上実績値)J3(軌道上実績値)図4 軌道上での事象(イメージ)図5 予測値と軌道上実績値の比較(出力軸の変動量)J1(deg) J2(deg) J3(deg)予測値のワースト-1.95 -0.21 -0.4軌道上実績値-1.97 0.32 -0.11表2 予測値と軌道上実績値の比較(出力軸の変動量)近接箇所のクリアランス図6 クリアランス確認の一例25技術論文茂:第53回宇宙科学技術連合講演会講演集,2009,pp. 958-962.⑶ 杉本 隆,服部浩明,上野浩史,土井 忍,今井 茂:日本航空宇宙学会誌,Vol.58 No.679 2010.8,pp.265-269. 二つ目の評価項目は、JEMRMS搭載S/Wが有する異常検知機能により、JEMRMSが緊急停止することがないかである。位置保持・動作制御中のJEMRMSに軌道上荷重が掛かった場合、制御偏差が拡大して関節および先端の位置・速度のリミット値を超え、JEMRMSが緊急停止する可能性がある。緊急停止からの復旧には時間を要するため、JEMRMS運用の遂行上は緊急停止しないことが好ましい。 JEMRMSの運用と軌道上荷重の組合せで、許容できるか否かを決定した後は、表3に示すようなマトリクス形式の表に、”OK”(JEMRMSの運用において、軌道上荷重を許容できる場合)、”NOT OK”(JEMRMSの運用において、軌道上荷重を許容できない場合)、斜線(何らかの理由により、許容できるか否かを評価していない場合)のいずれかを埋めることで、運用規定を設定する。4.むすび 国際宇宙ステーションにおけるJEMRMSの運用を通して、軌道上荷重に対するロボットアームの挙動を予測する手法を考案し、軌道上でのロボットアーム運用規定を設定する手法を実現した。また、考案した手法を用いて、軌道上で発生した実挙動を再現し、その妥当性を確認した。 今後の有人宇宙システムにおいても、ロボットとの協調運用は必要不可欠であると考えられ、「きぼう」で獲得したロボットアーム運用技術は、我が国における貴重な技術の蓄積であったと考える。 最後に、JEMRMSの軌道上荷重検証に際して、多大なご指導を頂いた、宇宙航空研究開発機構ならびにNASA/Boeingの関係各位へ深く感謝する。参考文献⑴ JAXAホームページ,http://www.jaxa.jp/⑵ 杉本 隆,服部浩明,上野浩史,土井 忍,今井 表3 JEMRMS運用規定の一例Attitudecontrol& OPSISS AttitudecontrolOperationsJEMRMSActivitiesMOM MGMTwith DESATSUSTOEVA OPSReboo stSSRMS OPSStowedManeuver to JLEinstall viewingAt JLE installviewingOKOKOKOKOKOKOKOKOKOKNOTOKOKOKOK