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Category:防災・環境システム

地震防災分野への取り組み

地震防災分野への取り組み

防災事業のうち,過去15年近くにわたって継続的に取り組んできている地震防災をとりあげる。1995年の兵庫県南部地震を契機に,地震防災への社会的な要求も大きく変化した。この分野における研究機関等の取り組みや運用サービスを実現するために,どのような情報技術で取り組んできたかをふりかえる。

地震防災分野への取り組み[PDFファイル]

参考情報:

  • この技術レポートは、当社が展開する公共・エネルギー事業の防災・環境システムソリューションに係る技術について著述されたものです。
  • 防災・環境システムソリューションは、つくば事業所が提供しています。
地震防災分野への取り組みChallenging History for Earthquake Disaster Prevention Fields古瀬 慶博* 成田 章* 和田 安司*Nobuhiro Furuse, Akira Narita, Yasushi Wada防災事業のうち,過去15年近くにわたって継続的に取り組んできている地震防災をとりあげる。1995年の兵庫県南部地震を契機に,地震防災への社会的な要求も大きく変化した。この分野における研究機関等の取り組みや運用サービスを実現するために,どのような情報技術で取り組んできたかをふりかえる。Recent 15 years,we have been challenging business for earthquake disaster prevention fields.Main advantage of our unit is to provide the service solution of strong motion networks for domestic research institutes and industrial companies through web technologies. We review our software technology and contribution to research works for the estimation of ground motion and observation network.務、鉄道事業分野でのシステム開発(新幹線地震防災シ1.はじめにつくば事業部での防災事業は地震防災を中心にとらえている。それは、強震観測網(防災科学技術研究所NIED)のサーバ構築運用(1)ならびに強震動予測解析業1995 ☆兵庫県南部地震(95.1) ●K-NETシステム構築2000 ●K-NETシステム運用改修●KiK-netシステム運用改修● ● KiK-net システム構築ステム)(2)、自主事業B2B(緊急地震速報配信サービス)(3)の3つの柱からなる。その系譜をまとめると図1のようになる。過去15年を振り返ると、地震防災における社会的なニーズは大きく変化した。この分野において、情報2005 ● K-NET準リアルタイム化現在● ● 2010 ☆気象業務法改正(2007.11) NIED 対応地震動予測地図プロジェクト関連+(震災リスク評価)● ● ● ● KiK-net 準リアルタイム化JR 九州(新幹線)● ● JR西日本(新幹線)● ● ● ● JR東日本(在来線EEW)JR 東海(新幹線)JR 東日本(新幹線)● ● ● JR関係緊急地震速報・配信事業開発● MJ@lert サービス販売自主事業B2B図1 現在(2009年)までの地震防災への取り組み19 *つくば事業部 第四技術部技術だけをもって継続的に取り組むことは難しく、研究へのかかわりも不可欠といえる。その歩みを振り返ってみたい。2.契機となった平成7年兵庫県南部地震わが国の強震計の開発は、1951年に発足した「標準強震計試作試験研究会(委員会)」に始まった。翌52年、SMAC(Strong Motion Accelerometer Committee)型強震計が東京大学地震研究所に設置され、強震観測が始まった。当時の強震計は高価な精密機器(機械式加速度計)であることや電源供給の制約があり、所有者の許可で設置しやすい建造物への設置が8割を占めた。この傾向はその後10年間続いた。62年に建築基準法が改正され、超高層ビルが出現し、強震計設置による高層建築物の応答観測が行われるようになった。港湾での設置も開始され、地盤対象の観測がはじまったのもこの時期である(4)。この時期の主要な被害地震を振り返れば、95年まで大都市圏では発生がなかったといえる。これは、建造物の動的設計時の入力波形として、米国の加速度時刻経歴波形(1940年Imperial Valley地震のEl Centroで記録された最大加速度330ガルの波形)が永らく多用されたことからも伺い知れる(5)。95年1月の兵庫県南部地震地震では、地震災害のとらえ方を大きく変える契機となった。この地震では被災域で既往最大級の地震動が観測された。地震後の調査からは、神戸市や淡路島などの一部で震度7の地域がみられたが、この「震災の帯」とよばれる地域での強震記録は得られなかった。そこで発災直後の被災状況の迅速な把握と災害救助支援のため精度の高い情報が望まれるようになった。そのために、地震発生後、「すみやかに」地震動情報を入手し、必要に応じて地震被害状況をも推定するリアルタイム地震防災が注目されるようになった(6)。これを契機に、科学技術庁(現文部科学省)防災科学技術研究所は、全国に1000台の強震計観測網(以下、K-NET)を翌96年に設置した。原則として地表の基礎に地震計を設置した。地盤観測の根拠となったのは、78年の「地震危険度推定に必要な強震観測に関する勧告」(7)と強震観測事業推進連絡会議の強震計配置計画といわれている。これ以降、地震に関する基盤的調査観測は、95年に発足した国の地震調査研究推進本部(平成7年6月の「地震防災対策特別措置法」による)で推進することになった。ところで、当時(平成7年)のインターネットの利用事情について触れておきたい。わが国の普及事情としては、既存の放送、新聞メディアにおいてはその殆どでウエッブサーバを立ち上げる以前の時期であった。このため、神戸市内の状況を写したたとえば神戸市立外国語大学のサーバーには数週間で50万ヒットを超えるような海外からのアクセスが集中した。また、一説によると、震災当日のニュースはnetcomのユーザ(netizen と呼ばれた)がBBCで放映されたニュースをusenetに投稿したのがきっかけといわれている。CGI/1.0 scriptを使ったウエッブ伝言板(NTT)が開始され、震災情報は、altやsoc、fjといったusenetニュースでも数多く議論された。情報技術者の人々がさまざまな形で救援ボランティア活動を行ったのである。同年7月に改訂された国の防災基本計画(中央防災会議)では、各自治体によるパソコン通信(インターネットを含む)の利用が防災計画の中に位置付けられた。なお、ネットワークの利用格差を象徴する例として、活断層地図に「震災の帯」を重ねた全体地図が、震災数週間後にUSGS(米国地質調査所)のサイトで閲覧可能となっていたが、果たしてダイアルアップでの従量制接続が中心であった当時(NTTのテレホーダイは同年8月開始)、どれだけの利用者が高精度な地図画像をダウンロードして閲覧できたかは不明である(ちなみに利用に耐えうるAcrobat 3.0が発売開始されたのは97年5月である)。こうして96年以降、全国を約25km間隔で覆ったKNETの実記録波形は地震後にインターネットで即時公開され、地震防災のための利活用が加速した。また同年、気象庁は震度の計測化を行い(計測震度の導入)(8)、600を越す震度計を配置し観測体制を整備するとともに、自治省(当時)は全国の約3000の市町村に震度計を配備することになった。さらに、防災科学技術研究所では、深さ100m以上の観測井と地表をペアした基盤強震観測網の設置(KiK-net)(9)を全国で推進した。KiK-netはKNET同様に同研究所のデータセンターで一括管理され、地震波形記録が利用公開されるようになった。次章以降では、初代K-NETからかかわった運用開発への取り組み、その後のリアルタイム地震防災への展開ならびに、地震動予測地図作成について時間順に振り返りたい。3.強震ネットワークK-NET前章でみたきたように、K-NETは96年3月に防災科学技術研究所の強震観測ネットワークとして運用を開始した。同時に波形記録はデジタルデータとして地震発生後にウエッブで公開される。運用開始からの現在に至る14年間のすべてのデータは検索可能であり、ダウンロードして利用することも可能である。地震記録波形としてはインターネットを通して利用可能なサービスとしては、その規模や利用頻度から類をみないものであった。一方、当社業務としては未経験の専門分野でもあったため、運MSS技報・Vol.20 20技術論文用開始後も、研究所のスタッフの方には時間をとっていただき地震(学)に関して多くの説明を戴いた。観測点の整備は大手建設会社(大成建設)、強震計(K-NET95)の製作と設置は地震計精密機器メーカ(アカシ)が担当し、当社はデータ収集・収録装置以降のセンター側を担当した。先の兵庫県南部地震では観測された波形が一部飽和してしまったため、サーボ計の理論にもとづき復元されたことがある(10)。K-NET95(11)では、微動から最大2000ガル(2G)の加速度を記録可能なΔΣ式のA/D変換(11)が初めて実装された(以降、この方式の強震計が広まった)。センター側のデータ収録・装置と全国1000ヶ所の強震計とは公衆回線(20回線、センター側は20台のPCが通信処理対応)で結ばれた。1回の強震記録は、数分間程度であるが、記録側の不揮発性メモリには容量に制約がある。制約のため閾値によるトリガ方式で記録はするものの、その一方で、重要な波形の取り逃がしがないよう、地震波形かの判断が曖昧なものも含めて多めに記録しておきたい。そこで、地震発生のトリガーは、気象庁から得た地震発生の情報をもとにセンター側から公衆回線を使い、逐次取りにいく方式を採用した。強震計内のデータには地震以外のデータ(人工的な振動や降雪、雷雨などの天候によるものや動物によるもの等)も多く記録されるので、その後の作業に収拾がつかなくなることを回避するためであった。それでも、地震ではない記録も紛れ込む可能性がある。強震観測点のサイト固有の微動環境や季節変動、近隣の人工的な環境の変化によるノイズパターンの変動、群発性の地震により複数の地震が重なる場合や地震計そのものの劣化や故障と想定されるものなど、収集時の判断の自動化は容易でない。個別の時刻暦波形だけから判断処理するより、たとえば距離・時系列に波形をペーストアップで並べてみるとか、あるいは速度波形に数値変換して不自然さがないかをみるなど、地震学的な観点から総合的に問題の有無を判断することが望ましい。そうした、データの品質を確認する自動支援システムは、公開前に強震計(1000地点)データ収録・編集装置公衆回線(20回線)データ提供装置ネットワーク関連装置インターネット波形解析装置図2 K-NETシステム構成の概念図(1)行うことが必要であることから、データ判断用の資料作成部に組み込んでいる。大災害発生時に間違った情報が広がり、そのために救助活動の妨げになったり、被害を拡大することさえありうる。データの社会的な利用価値や重要度を意識し、公開前の波形検証作業は、当社が継続的にかかわった第2世代以降のシステムでも引き継がれている。また記録波形を目的の解析のための取り扱う技術は、K-NET波形を利用する研究者や防災技術者も経験するものであることから、そうした解析作業を一般化できる部分をまとめてWindows95/NT上で動く波形表示・解析のソフトウェアSMDA(Strong Motion Data Analysis)(12)として公開した。このSMDA(現在はver2.1.1)は、K-NETのサイトからダウンロードして利用できるようになっている。ところで、いったんK-NET記録形式の波形に変換してしまえば、SMDAの機能を用いれば解析が容易となる。もし記録波形がネットワーク上のデータベースであっても、波形記録を直接呼び出して、解析処理ができれば波形の地震学的な品質管理や検証のための作業も一元化され、効率がよい。NetSmdaはこの要求を満たすため、また将来への拡張性や運用の持続性を考慮して、開発にあたってはオープンソースを中心とした構成とした。NetSmdaのコードは、OSにできるだけ依存しない動作、メインテナンスの容易性等を考慮してJava言語で開発した。一般にJava言語のもつセキュリティの制約から、メモリの使用制限の設定の必要があり、このため一度に解析可能な波形数は、搭載マシンのハードウェアスペックに大きく依存するが、反面、データベースのあるサーバ側の、NetSmdaの複数利用による負荷分散の効果は大きいことがわかった(13)。これは、大型三次元震動台(E-ディフェンス)への入力地震動として必要となる既存の世界の強震記録のデータベースを登録作成するにあたり、波形データの特性値や品質のプロトタイプ検証作業に利用された。4.リアルタイム地震防災強震記録強震記録データベースネットワーク通信の普及とその技術的な進展がすすむことで、リアルタイムの捉え方にも変化が現れた。サービスの開発および運用コスト面での大きな変化として、第一は、公衆回線を利用した通信部分がネットワーク通信に置き換えられこと、第二はVPNに代表される技術(ソリューション)の普及によりネットワーク境界部分でのソフトウェア開発を意識しなくてよくなったことがあげられる。かつて強震観測は、かつてはイベントトリガー方式(強震観測点での波形記録は、地震終息判定などが完了21後に、データ伝送される方式)が一般的であった。しかし、転送手段として電話回線を利用している場合は、激震地から記録波形のセンター側への収集が容易でなくなる可能性が残されていた。これは、イベントをトリガーした直後十数秒程度の遅延時間をもって観測点からセンター側に転送を開始することによって回避できる(準リアルタイムデータ伝送)。当社は、04年以降のK-NET、KiK-net準リアルタイム化において、センター側の構築運用にかかわった。新型K-NET強震計(K-NET02)は、震度計としての機能と準リアルタイム波形伝送機能をもち、従来の加速度記録波形にくわえて、地震の揺れを検知すると最大加速度、計測震度、速度応答値(PGV、SI)を送信する(14)。一例として、都道府県や特定の市制区域で実施されている震度情報観測網とのリンクが容易となった。強震計とセンター間はTCP/IP通信をベースに、再配信ではリアルタイムフィルタリングとマルチキャスト配信を実現している。通信技術の進展は、地震発生直後の震源と地震動分布をできるだけ即時に予測決定するための研究も創発した(15)。ネットワーク通信技術の進展以前のものとしては、1990年にはじまった南カリフォルニアのリアルタイム地震情報システム(CUBE)や92年に東海道新幹線で稼動した地震動早期検知警報システム(UrEDAS)(16)が知られていた。前者は、複数の地震観測点から得られる波形データの解析から発生後数分程度で地震諸元(マグニチュードや時刻、発生場所、決定精度)や観測された震度分布(最大加速度、わが国であれば震度)を公共機関または社会インフラとなる機関へ伝達する仕組みである。気象庁のEPOS(地震活動等総合監視システム)も情報提供する仕組みとしてはこれに相当する。後者は、複数の観測点へ地震波の到達を待つことなく単一の観測点でとらえた数秒間の記録波形から、地震発生中にでも地震諸元を推定する仕組みである。防災システムの観点震源に近い地震波の到達前に伝達地震計地震発生気象庁気象業務支援センター配信事業者インターネット/IP-VPN/専用回線図3 ネットワークを利用した地震早期検知のとらえ方からは、前者と後者は情報伝達の即時性と推定された精度のトレードオフの関係にあるといえよう。ナウキャスト地震情報(17)(04年2月に「緊急地震速報」という名称になる)は、気象庁やK-NET等の地震記録をもとに両者の手法や解析精度を再検討した(18)、新しい地震早期検知手法である(図3)。当社としては、ネットワークを利用した地震観測システム開発の経験を生かし、鉄道分野においては02年度(JR九州(新幹線))からシステム構築へ参加を始めた。また、気象庁と防災科学技術研究所のリアルタイム地震情報を統合する緊急地震速報(Earthquake Early Warning)については、03年度に文部科学省リーディングプロジェクト「高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト」の一環として発足した「NPOリアルタイム地震情報利用協議会(REIC)」を通し、この分野に積極的に参入(19)を試みた。先に述べたように、とりわけ新幹線地震防災システムでは、地震発生をいち早く検知し、地震の影響が想定されるエリア内の沿線上で、大きな揺れが到達する前に自動的に列車制御を行うことにある。現行システムの老朽化等によるリプレースのため、鉄道総合技術研究所等の指示の下、03年度以降順次、各新幹線の地震防災システムの開発に従事した(2)。新幹線防災システムの基本構成は、沿線の地震検地点、遠方または海岸の地震検地点群、それらをネットワーク(TCP常時セッションなど)で結んだ中継サーバ、および監視用端末(PC)であり、それぞれの役割をもつ検地点の地震検出情報をもとに、地震発生時もしくは発生中に運転制御判断を行う機能を備えている。地震発生の有無や装置故障の有無をリアルタイムで情報収集し、管理することに加えて、障害発生時には復旧までの定量的な見通しも要求される。このため、システム内装置に対して遠隔でメンテナンス操作や障害の原因の特定にかかせないネットワークの疎通状態や自機器の物理的状態監視記録の収集などの機能も実装されている。なお、一部の鉄道事業とは引き続き、KNET、気象庁等の観測波形による早期性の確認作業も行っている(20)。06年8月より気象庁は先行利用者向けに「緊急地震速報」の提供を開始した。当社では、これを受けて企業・団体等の法人向け情報提供サービスMJ@lertTMを開始した(3)。さらに、翌年11月には、気象庁は一般の利用者への配信開始を想定した気象業務法の改正(21)を行い、民間配信事業は予報業務となった(地震動予報業務許可:気民第126号・許可第103号取得)。当社サービスの特徴は、ネットワークを介した専用端末(パトライト社製、明星電気社製など)による配信サービスで、速報電MSS技報・Vol.20 22技術論文文の暗号化とエンドユーザ(評価点)ごとに猶予時間と予測震度を当社配信側で処理している点にある。予測震度の評価には、後述の地震動予測地図でも利用されている防災科学技術研究所作成の地盤増幅率メッシュデータ(1kmメッシュ)を利用している。当社の配信サーバ群は、耐震構造を持つインターネットデータセンタに設置するとともに、気象業務支援センターと同様な配信の冗長化を行っている。また、センター側は電文送信時にのみ帯域負荷があがるため、模擬的な各種パフォーマンス試験にもとづいた配信構成をとっている。メディアで取り上げられる話題でもあるようだが、当社でも、たとえば平成19年能登半島地震、平成20年岩手・宮城内陸地震において、近隣(県)の利用者の方々に対して主要動到着前に有効なサービスを提供することができた。5.全国を概観した地震動予測地図への展開わが国や米国で地震断層モデル(震源に働く力が二対の偶力による結果)が確立されたのは1963年頃である。その後20年間に地震時の変位や速度の地震工学的な研究が進み、たとえば建築分野では「震源から建物頂部まで」が掲げられ、地震動研究は図4の全体に及ぶものとなった。90年代当初までの強震動予測では、その時代で効果的と考えられた手法が選択され、設計や防災に活用されていた(22)。平成7年の兵庫県南部地震において、断層の破壊進行の影響(ディレクティビティ(パルス))や断層面の非一様なすべり(アスペリティ)、ならびに深層地盤構造の影響など堆積層との速度差による回折波のエッジ効果を伴う、詳細な一連のシミュレーションにより、強震動時刻歴波形の定量的な再現が可能であることが示された(たとえば(23))。これを契機に、強震動の関係する情報O(T) = S(T)*P(T)*L(T) O(T): 観測スペクトル工学的基盤表層地盤L(T): サイト特性地震基盤波動伝播P(T): 経路特性地震断層S(T): 震源スペクトル図4 地震動シミュレーションに必要な情報を整理して、予測に必要なパラメータを順番に与える方法の標準化は「レシピ」(24)とよばれ、その後、震源を特定できる想定大地震についての強震動予測手法として、地震調査委員会や中央防災会議でまとめられるようになった。2005年(平成17年)3月に公開された地震動予測地図は、「震源断層を特定した地震動予測地図」と「確率論的地震動予測地図」との二種類の予測値図からなる(25))。前者は各地の主要な震源断層に対して作成したレシピにもとづく詳細な強震動シュミレーションの評価結果である。後者は、地震を特定せず地震発生の長期的な確率評価と強震動の評価を組み合わせることで、ある一定の期間内(たとえば今後30年間)にある地域(△ △町)が強い地震動(たとえば震度6強以上)に見舞われる可能性を確率で予測したもの、である。これらの地震動予測地図を作成するときに、震源断層モデルを想定し複雑な媒質の波動伝播を考慮した「詳細法」と経験的距離減衰式にもとづく「簡便法」という2つの方法がそれぞれに採用された。当社は、予測地図作成に必要な計算解析業務の多くと、その基本データの整備と精度の検討もおこなった(例えば関連研究として(26)(27)など)。予測地図は地震ハザードステーションJ-SHIS(参照URL(28))にて公開されている(確率的地震動予測地図は年度更新)。当社は、地震動予測地図公開システムの全般に携わった。想定シナリオ地震に対するるハイブリッド法を含めた強震動評価の計算業務にもかかわった。計算手順の詳細については、上記参照URLでも公開されている。GISファイルとして整備した地震動予測地図データを、Ajaxを駆使してGoogleMap風のインターフェイスを有するシステムとして整備した。この経験を踏まえて、新J-SHIS(今年度7月末に公開予定)では、GISからデータベースまで、すべてをオープンソースの組み合わせ(マッシュアップ)で実現している。特に複数の地図レイヤーを重ねたとき(貼り合わせたとき)に、レンダリングエンジンのないクライアントでも表示応答速度を劣化させないため、ラスター/ベクターデータの変換タイミング、練成動作のためのミドルウェアとAPIの分担、および非同期処理の設計にとりわけ留意している。種々のOSおよびブラウザでの利用を想定しているので、公開前にアノニマスな負荷試験やランダム操作によるパフォーマンス試験等を行っている。Webマッピング技術を含めて、今の技術でどこまでできるかを検討し可能性を追求する業務が多いといえよう。23図5 NIED GMS(左)(30)・J-SHIS(右)(28)予測地図の前者の計算作業を、研究者や防災担当技術者が実現するための3次元差分法パッケージとして、防災科学技術研究所からGMS(Ground Motion Simulator)が公開されている。(29)(30))。GMSでは、ユーザが震源・観測点・構造・計算条件等の膨大なパラメータを視覚的直感的に設定することができ、さらにフィルタ・動画作成などポスト処理を支援する機能も備えている。当社は、GMSのプリ・ポストツールの設計・開発、ソルバーの機能追加・並列化コード作成作業、および公開サイトの構築・運用を担当した。その技術的背景としては、近年の被害地震において、地球シミュレータ等を活用した長周期(超高層ビル・大型石油タンクの液面動揺、長大橋などの固有周期帯である周期1秒から20秒程度の)地震動のシュミレーション研究の経験も生かされてると言えよう(31)(32)(33)(34)。6.今後の展望以上、当社の3つの柱になる取り組みについて述べてきた。上述では詳しく述べなかったが研究所や大学向けには、独自の強震観測やデータの整備、気象庁の地震火山津波情報との融合など、さらにそれらを地図上に表示するシステムなど構築に携わってきた。たとえば、当社の携わったシステムは、さらに震災リスク評価への入力情報として使われる場合もある。ウエッブを支える利用技術としてはGoogleMapのAPIもあるし、Ajaxを利用したGoogleMapライクなものもあり、さらにはFlashのような伝統的なリッチクライアントインターフェイスとなることもある。いずれにしてもサーバやデータベースを含め、オープンソースが主流になってきている。一方、より研究的な側面からは、近年、新たな微動観測の開発解析に参画している。全国一律に地盤の増幅特性を評価する方法としては、これまで、国土数値情報に含まれる地形分類から地盤の平均S波速度の推定を通して、地盤増幅率を推定する手法が確立されていた。しかし、耐震工学の設計の観点からは、周波数に依存する地震動のスペクトル振幅であることが望ましい。もし常時微動のH/Vスペクトル比が観測できるとすれば、それと微地形区分との関係を検討することで、スペクトル増幅率を推定する関係式を求めることができよう(35))。防災科学技術研究所はハンディ型の微動探査機兼強震計を開発し、その解析用ソフトウェアを開発した(36)。この微動観測の成果として(37)、つくば市では「防災マッMSS技報・Vol.20 24技術論文情報地震波到達からの時間情報の特徴数秒~20秒20秒~30秒緊急地震速報準リアルタイム強震動(K-NET, KiK-net)震災対策低精度・高い即効性・安全確保・機器制御未着手分野2分~数分気象庁震度情報数時間~数日現地情報プ:揺れやすさマップ」(38)として50mメッシュで予測震度ごとに詳細な色分け図が一般にも配布されている。今後は、準リアルタイム化された強震動の利用・流通が喫緊の課題となろう。その背景としては、時系列で震災対策をみた場合、図6のようなハッチの部分の情報提供が始まったところである。K-NET、KiK-netのポータルサービスを統合している防災科学技術研究所が中心となり、施策や研究を行う方向に対しては、当社としてもその開発経験を生かして積極的な支援をしていきたい。7.むすび地震防災を中心とした防災事業への取り組みについて、過去15年間の歩みを情報技術と研究へのかかわりという観点から振り返ってみた。ネットワーク技術と地震観測網のリアルタイム化で、情報を瞬時に得られようになり、かつて想像であった対象は制御可能な範囲まで近づいたとみることもできる。しかし、地震に関する基本的な検証による知見の変化は、大地震ほど稀な現象であるため、世界的にみても20年という長いスパンでとらえられることが多い(たとえば(39))。これに、dog yearな情報技術で問題解決を試みるため、もしかしたらその組み合わせは常に何らかのトレードオフを強く意識させる分野といえるかもしれない。そこでは伝統的な枯れた技術の価値・観点が有効な場合と、革新的な新技術の実装が新たな可能性を具現化できる場合がある。知識と知識とのセマンティック技術(機械的確率推論や自然言語処理等)は、GISをプラットフォームとした地震防災分野ではより身近なものとなろう。当社の既存事業を生かし、当該分野におけるシステムに要求されるライフサイクル、経験やノウハウを強みに、想定地震災害のリスク評価やBCP(事業継続計画)(40)の支援など、安全安心な社会技術(たとえば(41)など)を使った研究調査および事業高精度・即効性高精度・低い即効性高精度図6 時系列でみた震災対策・初動体制の決定・被害推定(長周期)・初動体制の決定・被害推定(長周期)・津波対策・災害復旧活動も進めていきたい。特集号の性格上、本稿をまとめるあたり、早川俊彦(理博)、先名重樹(工博)には改めて労をお願いした。これらのメンバーは、現在も防災科学技術研究所を中心に業務に従事している。原稿段階で査読をお願いした関係機関の各位にはお礼申し上げます。とりわけ、青井真室長(防災科学技術研究所・強震観測管理室)、藤原広行プロジェクトディレクター(同・防災システム研究センター)、木下繁夫教授(現:横浜市立大学)にはご助言をいただきました。本文中の関係機関・組織名称およびお名前の記載については、敬称を略しています。参考文献盧 和田安司、村田雅人、小久江洋輔:K-NET(強震ネットワーク)構築、MSS技報、第10号、35-44、1996盪 渡辺 篤、本間芳則、大庭健太郎、奥冨剛史: 新幹線地震防災システムの開発、MSS 技報、第19号、12-17、2007蘯 製品・サービス特集: 法人・団体向け、緊急地震情報配信サービス-MJ@lert(エムジェイ・アラート)-、MSS 技報、第18号、8、2008盻 田中貞二:わが国の強震観測事始めを振り返って加速度強震計の開発と初期および発展期の強震観測-、記念シンポジウム「日本の強震観測50年」歴史と展望-講演集、防災科学技術研究所研究資料、7-20、第264号、2005眈 大崎順彦:新・地震動のスペクトル解析入門、鹿島出版会、pp.299,1994眇 香川敬生、入倉孝次郎、武村雅之:強震動予測の現状と将来の展望、地震2、vol.51、339-354、1998 25眄 科学技術庁資源調査会:地震危険度推定に必要な強震観測に関する勧告、科学技術庁資源調査会勧告第31号、pp.89、1978眩 気象庁地震火山部:計測震度計システムの運用・管理に関するガイドライン、平成17年10月、pp.11、2005眤 青井 真、小原一成、堀 貞喜、笠原敬司、岡田義光:基盤強震観測網(KiK-net)、日本地震学会ニュースレター、12号、31-33、2000眞 Kagawa, T., K. 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