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2025年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)

新型基幹ロケット「H3ロケット」に
搭載する誘導ソフトウェアを開発
運用性の向上と打ち上げ間隔の短縮に貢献

H3ロケット誘導ソフトウェア

日本の新型基幹ロケットとして、2023年に運用を開始したH3ロケット。その安定運用に欠かせないのが、目的地までロケットを正確に導く「誘導ソフトウェア」です。三菱電機ソフトウエア株式会社(MESW)は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との契約により、「誘導ソフトウェア」と運用時に使用する「誘導定数自動設定ツール」を開発しました。同ソフトウェアは、2024年2月の打ち上げで衛星の軌道投入に初成功して以来、2025年2月の7号機に至るまで安定した軌道投入に貢献しており、日本のロケット産業の発展を支えています。

  • ■服部 和恵(ハットリ カズエ)

    1998年入社。つくば事業部へ配属。入社後はH-IIAの開発・運用業務に携わる。以後、飛行シミュレータ、基幹ロケットの開発・運用に携わり、2014年からH3ロケットの開発に従事。現在、つくば事業所 宇宙航空ソリューション第一部 第1課 課長

ロケットの位置、速度、姿勢を計算し
正確な経路に乗せるための指令を発出

H3ロケットは、JAXAが開発を手掛ける純国産の大型基幹ロケットです。2001年から2025年まで、50機にわたって打ち上げられた「H-IIAロケット」の後継機として開発されました。2024年2月に2号機の打ち上げに成功。以来、2025年の7号機まで連続で打ち上げに成功し、現在は後続の新形態(30形態)の打上げに向けた各種解析に取り組んでいます。

MESWはJAXAから委託を受け、H3ロケットに搭載する「誘導ソフトウェア」の開発を2014年11月から開始し、2021年7月に完了しました。誘導ソフトウェアは、ロケットの先端部分に搭載する衛星を、所定の目標軌道に投入するためのソフトウェアで、ロケット機体の第2段に配置した計算機に搭載されています。誘導ソフトウェアの役割について、つくば事業所 宇宙航空ソリューション第一部 第1課 課長の服部和恵氏は次のように説明します。

「ロケットは、あらかじめ設定された目標軌道に向かって進んでいきます。ところが、実際に飛んでみると風の影響、機体の重さ、エンジンの推進力の変化などの影響を受け、事前に設定した飛行経路のとおりに進まないのが一般的です。そこで誘導ソフトウェアが、機体に取り付けたセンサーの情報から現在の位置、速度、姿勢を計算し、正確な経路に乗せるために必要なエンジンの停止時刻や推力の方向を計算して指令を出します。この指令を受け取った飛行制御ソフトウェアが改めてエンジン停止指令や舵角コマンドを送り、機体が正常な軌道に乗るように制御しています」

図1. 誘導ソフトウェアの機能とインタフェース
図1. 誘導ソフトウェアの機能とインタフェース

「誘導定数自動設定ツール」の新規開発で
2カ月の誘導解析期間を1週間に短縮

誘導ソフトウェアにおいて、もう一つ欠かせないのが「誘導定数自動設定ツール」(GCAT)です。ロケットの場合、搭載する衛星によって目標先は異なります。例えば気象衛星ひまわりなどの観測を目的とした衛星、国際宇宙ステーションに物資を届ける補給機、火星探査用の探査機など行き先は様々です。前世代のH-IIAロケットまで、それぞれの行き先に誘導するための定数は人が解析して手作業で設定し、さらに複雑なシミュレーションを何度も繰り返して検証していました。そのために解析には時間がかかっていました。そこで、誘導定数を自動で設定するため、H3ロケット向けに新たに開発したのがGCATです。

「H-IIAロケットは年に3回打ち上げるのが精一杯でした。H3ロケットでは2倍の年6回の打ち上げを目標としています。しかし、アメリカを見れば年に100回近く打ち上げており、コストも日本に比べて安価と言われています。そこで、打ち上げまでの期間短縮を実現するため、解析作業を自動化するGCATを開発しました。GCATにより、H-IIAロケットで2カ月かかっていた誘導解析期間を、1週間にまで短縮することに成功しました」(服部氏)

図2. GCATによる解析期間の短縮
図2. GCATによる解析期間の短縮

誘導解析とは、目標となる軌道要素や機体条件を「誘導定数」として設定し、誤差シミュレーションを実施しながら、設定した定数がミッションに適用可能であるかを検証する作業です。はじめに無誘導飛行経路から、どのタイミングで誘導計算を実行するかなどの「誘導シーケンス」を決定し、誘導シーケンスに見合う「定数」を設定後、誤差シミュレーションを実施して投入精度が要求を満たすかを判断します。GCATでは投入精度が要求を満たすような「定数」を自動で設定します。開発ではロケット軌道の主流である「太陽同期軌道(SSO)」、「静止トランスファ軌道(GTO)」をGCATのスコープとしました。

図3. 誘導解析作業
図3. 誘導解析作業

脈々と受け継がれてきた誘導解析技術と
ソフトウェア開発力がMESWの強み

MESWに新卒入社以来、一貫してH-IIAロケットやH3ロケットの開発に携わってきた服部氏。MESWの強みは、創業以来、脈々と受け継がれてきた誘導解析の技術とソフトウェアの開発力にあると語ります。

「JAXAや機体メーカー、ハードメーカー、電気メーカーなど多くの事業者が関わるロケット開発では、関係者から様々な要求が寄せられます。要求事項を実現するために必要な条件は何か、機体コンフィグレーションはどういうものか、飛行シーケンスはどうなるかと解釈し、関係者と相談しながら仕様に落とし込んでいくことがMESWの得意領域であり、お客様に信頼いただいている部分でもあります。加えて、ソフトウェアの開発技術力も高く、設計から最後の実装部分まで責任を持って対応しています」(服部氏)

一方、国の重要施策である基幹ロケットの開発ならではの大変さもあるといいます。特にH3ロケットの初号機、2号機の打ち上げに向けて誘導ソフトウェアやGCATの開発に集中していた2014年から2021年までの7年間は、解析のやり直しが何度も発生し、そのたびに地道に対応してきました。

「特に初号機の開発時は、エンジンの性能が頻繁に変わるため、エンジンの性能が変わるたびに解析のやり直しが発生し、短期間で複数の解析を同時に実施するのがとても大変でした。MESWではその都度対応して期待に応えてきました」(服部氏)

ロケットの打ち上げの際も緊張の瞬間で、プレッシャーを感じながら見守っているといいます。

「ソフトウェア的には地上テストで何度もシミュレーションを繰り返しているので、絶対に間違いはないと自信を持って送り出しています。しかし、もしロケットに異常が発生してしまったらとか、シミュレーションでは模擬できなかったことが起きたらどうしようと、ヒヤヒヤすることもあります。ロケットが無事地上から飛び立ち、見えなくなるまでがとても注目されますが、誘導ソフトウェアが本格的に動作するのは、地上から目で追えなくなってからです。また、衛星を分離した後にも、第2段機体を安全な海域に落下させる制御落下で誘導ソフトウェアが利用されることもあり、最後まで気を抜けません」(服部氏)

ロケット開発ではソフトウェア技術と
宇宙関連全般の知識も必要

宇宙に興味があったので大学では物理学を学び、宇宙関連の仕事がしてみたいとMESWへの入社を志望した服部氏。ソフトウェア開発やプログラミングは初心者でしたが、入社してから身に付けていきました。ロケット開発ではソフトウェアの技術だけでなく、宇宙関連全般の知識も必要で、ロケット推進や誘導制御などの基本原理を学ぶロケット工学、ロケットの製造、組立、点検、打ち上げなどのロケットシステム、安全な運航のための飛行安全など多岐にわたります。

「入社当初は分からないことばかりで、目の前にあることを吸収するだけで精一杯でした。しかし、学びを重ねるたびにロケットの面白さを実感し、入社3年目あたりから開発現場の方々ともしっかり対話ができるようになっていきました。開発時は請負元のJAXA様や、開発元の機体メーカーとの打ち合わせ機会も多く、月に1回の定例ミーティングなどでコミュニケーションを取りながら仕事を進めました」(服部氏)

ソフトウェアによる自動化により
日本の宇宙輸送の発展に貢献

2021年に開発を終えた「誘導ソフトウェア」とGCATは、現在も改修や追加開発を重ねながらH3ロケットの新たな打ち上げに対応しています。今後は自動化の範囲をより拡大することで、新たなミッションに対応していく構想です。

「ロケットの分野で日本が世界で競争力を高めていくためには、打ち上げまでの期間が短く、打ち上げコストが安く、精度が高いロケットを開発し続けていく必要があります。そのためには一部の衛星軌道などに限られている自動化の幅を拡大し、新たなミッションに対応していくことが必要です。ソフトウェアの力によって開発元の要望に応えられることも多数あると思いますので、ソフトウェア会社として様々な手段を模索しながら改善策を提案し、宇宙輸送の発展に貢献していきます」(服部氏)

個人的には、宇宙ベンチャーが手掛ける民間ロケットの開発にも興味があるという服部氏。宇宙やロケットに関心のある学生や社会人に向けてMESWでロケット開発の面白さを実感して欲しいと呼びかけています。

「三菱電機グループというと、真っ先に人工衛星を思い浮かべる人も多くいると思います。ロケットに関心のある人にとっては、機体メーカーやベンチャー企業をイメージするかもしれません。意外と感じる方もいると思いますが、MESWはロケット開発の歴史は長く、ノウハウや人材も充実しています。自分が作ったソフトウェアがロケットの打ち上げに貢献することはエンジニアにとって最大の喜びであり、非常に面白みがあることです。ロケットやソフトウェアに興味がある方は、ぜひMESWでロケット開発にチャレンジしてほしい。」(服部氏)