2025年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)
公開されている人工衛星や
スペースデブリの軌道情報をもとに
軌道変動や軌道保持の状況を分析
Two Line Element(TLE)を用いた人工衛星軌道の状況分析
安全保障の観点から重要視される
人工衛星の状況把握
MESW 電子システム事業統括部 鎌倉事業所 防衛宇宙事業開発室 主管技師長 友枝久夫氏は、30年以上、一線で人工衛星の軌道設計・解析を手掛けてきました。日本初の回収・再利用可能な人工衛星の宇宙実験・観測フリーフライヤ(SFU)、自動ランデブー・ドッキングを行った きく7号(ETS-VII)、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を届ける宇宙ステーション補給機 こうのとり(HTV)など多くの人工衛星の軌道設計を行いました。日本初となる月面への軟着陸に成功した小型月着陸実証機 SLIMプロジェクトでは、安全・ミッション保証と実運用を担当しました。現在は、防衛宇宙事業開発室で、防衛の宇宙利用に係る提案に従事しています。人工衛星は、通信や放送、気象観察など、一般の方に親しまれているサービスを提供している以外に、安全保障に関わる衛星もあります。そこで注意すべきは、日本上空を飛ぶ他国の人工衛星の状況を把握することです。
友枝氏は、このための方法を次のように語ります。
「今回取り組んだものは、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)が提供するTwo Line Element(TLE)を用いた人工衛星の軌道の分析です。NORADは北米の大気圏および宇宙空間を警戒し、ミサイルや空からの攻撃を警告する任務を担っています。TLEは、レーダー観測により得た人工衛星の軌道と位置情報が記載されており、オープンデータとしてWebで公開されています」
TLEには、北米に限らず地球を回る人工衛星の軌道・位置情報が、衛星の国籍も含めて記載されています。実は、一般向けには非公開とされているTLEデータも存在しますが、安全保障に関連する可能性のある人工衛星のTLEデータが公開されている場合もあります。このような公開データは、特定の衛星の軌道情報を把握する上で重要な役割を果たします。
静止衛星は重力の影響を受け
軌道は制御されている
様々な衛星の軌道の中から、ここでは静止衛星軌道について解説します。静止衛星は、日本から見て、南の方角に位置し、その位置は止まっているようにみえます。静止衛星軌道に乗せるためには、衛星を赤道の上空 36,000kmに打ち上げる必要があります。(図1)
衛星の高度が静止衛星軌道より高くなると、周期が1日より長くなるため、地上から見て、西へ動き、遅れていきます。逆に、高度が低くなると周期が1日より短くなり、地上から見て東へ動きます。
衛星が赤道上から南や北にずれると、地上から見ても、主に南や北の方向に動き、その軌跡は円や8の字を描くように動きます。
多くの静止衛星はその軌道を制御しないと静止軌道からずれると友枝氏は話します。
「静止衛星は地球や月、太陽の重力の影響を受けます。地球の重力は均一ではありません。海と陸で比較すると、海より陸の重力が強くなります。日本の標準子午線の東経 135 度の静止衛星では、西のインド洋と、東のオーストラリア大陸北部の重力の差で、進行方向の東側に常に加速され、衛星の高度は高くなり、西へ移動します。また、太陽・月の重力による影響は、東西方向の変動に加えて、太陽・月の軌道と赤道面の角度差から、衛星は南や北方向に変動します。このように、静止衛星は地球や月、太陽の重力の影響で、制御しないと静止衛星軌道からずれようとします。静止衛星の東西南北への変動は、衛星の速度を加減速する推進装置を用いて衛星が正しい静止位置の範囲に留まるように制御されます」
出典:総務省・電波利用ポータル
https://www.tele.soumu.go.jp/j/adm/system/satellit/move/index.htm
TLEを用いて静止衛星の動きを分析
宇宙領域を航行する人工衛星の状況把握へ
TLEを用いてどのようなことが分かるのかを、ここではある静止衛星の動きを例にとって友枝氏が紹介します。
「図2は、ある国の入手可能な静止軌道付近の衛星AのTLEデータをもとに、軌道情報を生成し、地上から見たときの動きを赤い点で表しています。図の横軸は東西方向、縦軸は南北方向です。通常の静止衛星は、東西方向と南北方向に留まるべき保持範囲を持ちます。この衛星Aは、静止軌道上に留まらず、西から東へ移動していました。あるタイミングで、赤道上に到達し、静止軌道上をゆっくりと西側に移動する様子が見られました。衛星Aは、静止衛星としては、少しおかしな動き方をしているのです。図2へ、他の国が先に打ち上げている静止衛星Bの動きを青い点で加えてみると、衛星Aは衛星Bの近くに滞在することを目標としているように観られます」
このように、TLE分析だけを見ても衛星Aの軌道設計上の目標が得られます。なぜその軌道を選択したかの目的は、推察の域に留まりますが、例えば、衛星Aは衛星Bの通信状況や機体形状を観察しているのではないか、などの推測を立てることができます。
ここでは、静止衛星軌道の衛星の分析例を示しましたが、TLEを用いれば、日本の上空を飛ぶ他国の人工衛星の状況を把握することができます。他国の衛星はどのように動いているのか、日本の衛星に危険が及ばないのか、などを分析することができます。
宇宙を身近に感じられる時代に
MESWは先端の解析技術で貢献
TLEの利用は安全保障に関する用途に限りません。TLEには、使用済みの衛星などが原因で地球を周回する宇宙のゴミ(スペースデブリ)の軌道・位置情報も記載されています。デブリが運用中の衛星に衝突し、衛星が使用不能になる事故も発生し、その対策は課題となっています。デブリの対策は日本でも産官学連携で進んでいます。TLEデータ解析は、民需用途のデブリ監視の一助になると考えられます。
「私が入社した1989年頃は、宇宙分野の開発には限られた専門家だけが従事していました。段々と世の中は宇宙を身近に感じられる時代になってきて、現在は、スマートフォンで、人工衛星を用いた位置情報サービスを利用できるようになりました。衛星の観測データを利用したサービスも徐々に広がっており、これから先は、専門家以外も人工衛星に触れ合いやすくなるよう、人と宇宙をつなぐ仕事をすることが私の抱負です」(友枝氏)
MESWは社名に“ソフトウエア”という文字がついていますが、ソフトウェアを開発するだけの会社ではありません。今回のように最先端の解析技術を駆使した宇宙ビジネスも展開しています。