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Category:FAソフトウェア開発
MELSEC iQ-Rシリーズレコーダユニットの開発

製造現場は生産性の向上が常に求められている。一方、工場内の設備や装置を構成する機器が多様化しており、装置の高機能化・複雑さが増している。そのため、設備や装置で異常が発生すると、原因究明に時間が掛かり、生産性に大きく影響する。そこで、異常時の原因究明を迅速に行い、ダウンタイムを最小限にする保全業務の重要性が増している。三菱電機(株)では工場の保全業務を全方位的に支援する“トータル保全ソリューション”を提案している。その中で異常時の原因究明を迅速に支援する三菱シーケンサ“MELSEC
iQ-Rシリーズ”の“システムレコーダ”を開発した。システムレコーダは、生産設備の稼働状態を“まるごと記録”し、“かんたん解析”することで迅速に異常時の原因究明を支援するソリューションである。シーケンサを始めとする各種FA機器、それらの機器に関連する各種エンジニアリングツールの組合せで実現している。当社はシステムレコーダを構成する中核の機器である“MELSEC
iQ-Rシリーズ”の“レコーダユニット”のソフトウェアを開発した。レコーダユニットは、システムレコーダの“まるごと記録”を実現する製品である。あらかじめトラブルの状態を示すデバイス/ラベルデータの条件を設定し、その条件成立前後のデータをタイムスタンプ付きで記録する。
従来からもCPUユニットや高速データロガーユニットによるデータロギングなど記録を行う製品は存在していたが、レコーダユニットはこれらの製品と比べ、スキャンごとの全デバイス/ラベルデータを記録できる点が特長である。従来製品よりも求められる性能が高く、その要求を満たすため、設計上の様々な課題を解決した。本稿ではレコーダユニットのソフトウェア開発上の課題を解決する上での工夫点について述べる。
参考情報:
- この技術レポートは、当社が展開するFA・産業メカトロニクス事業のFAソフトウェア開発ソリューションに係る技術について著述されたものです。
- FAソフトウェア開発ソリューションは、名古屋事業所が提供しています。
MELSEC iQ-R シリーズレコーダユニットの開発 名古屋事業所 FA システム統括部 情報通信システム技術部 FA 情報通信技術第三課 ・松下 侑資・渡辺 大介・堀田 怜 要 旨 製造現場は生産性の向上が常に求められている。一方,工場内の設備や装置を構成する機器が多様化しており,装置の高機能化・複雑さが増している。そのため,設備や装置で異常が発生すると,原因究明に時間が掛かり,生産性に大きく影響する。そこで,異常時の原因究明を迅速に行い,ダウンタイムを最小限にする保全業務の重要性が増している。三菱電機(株)では工場の保全業務を全方位的に支援する“ トータル保全ソリューション” を提案している。その中で異常時の原因究明を迅速に支援する三菱シーケンサ“MELSEC iQ-R シリーズ” の“ システムレコーダ”を開発した。システムレコーダは,生産設備の稼働状態を“ まるごと記録” し,“ かんたん解析” することで迅速に異常時の原因究明を支援するソリューションである。シーケンサを始めとする各種FA 機器,それらの機器に関連する各種エンジニアリングツールの組合せで実現している。当社はシステムレコーダを構成する中核の機器である“MELSEC iQ-R シリーズ” の“ レコーダユニット” のソフトウェアを開発した。レコーダユニットは,システムレコーダの“ まるごと記録” を実現する製品である。あらかじめトラブルの状態を示すデバイス/ラベルデータの条件を設定し,その条件成立前後のデータをタイムスタンプ付きで記録する。従来からもCPU ユニットや高速データロガーユニットによるデータロギングなど記録を行う製品は存在していたが,レコーダユニットはこれらの製品と比べ,スキャンごとの全デバイス/ラベルデータを記録できる点が特長である。従来製品よりも求められる性能が高く,その要求を満たすため,設計上の様々な課題を解決した。本稿ではレコーダユニットのソフトウェア開発上の課題を解決する上での工夫点について述べる。システムレコーダ対応FA 製品群(三菱電機株式会社カタログ(L(名)08724-E 2107〈IP〉)より引用)3 1.まえがき 製造現場では,グローバル化の進展や少子高齢化の影響で,熟練した保全技術者が不足しており,工場の能力が引き出せなくなっている。IoT の時代に求められるのは、DX 化の推進による少人数での保全業務の実行である。そのため,三菱電機(株)では,予知保全,予防保全,事後保全をDX 化することで保全業務を全方位的に支援することを目指しており,今回,事後保全を支援するソリューションとして“ システムレコーダ” を開発した。システムレコーダは,異常発生時の生産設備の稼働状態を“ まるごと記録” し,“ かんたん解析” することで迅速な異常原因の究明を支援するソリューションである。このシステムレコーダの“ まるごと記録” を実現するための機器がMELSEC iQ-R レコーダユニット(RD81RC96)である。レコーダユニットは,シーケンサCPU の全デバイス/ラベルデータの収集/記録を行い,エンジニアリングツールとの連携による装置調整,トラブル原因究明を目的として開発された。本稿では,当社が開発に関わったレコーダユニットのソフトウェア開発について,開発内容及び発生した問題とその解決策について紹介する。図 1. レコーダユニットの位置付け2.レコーダユニットとは2.1 概要レコーダユニットとは,MELSEC iQ-R シリーズの新規開発ユニットである。レコーダユニットはシーケンサCPU と連携して,お客様が作成したシーケンスプログラムで使用している全デバイス/ラベルデータ,安全CPU(注1)の安全デバイス(注2)のデータをスキャンごとにタイムスタンプ付きで収集/記録する。収集/記録の処理負荷を抑えるため,データの収集はシーケンサCPU で,データの記録(蓄積・保存)はレコーダユニットで行い処理を分散している。これにより,全デバイス/ラベルデータの収集/記録を実現しながらも,スキャンタイムの延びを抑え,装置性能への影響を最小限にしている。図2.シーケンサCPU のデータ収集・記録動作2.2 特長レコーダユニットの特長である「データの蓄積」,「トリガーの判定」,「データの保存」,「カメラレコーダユニットとの連携」について紹介する。2.2.1 データの蓄積レコーダユニットはシーケンサCPU が収集したデバイス/ラベルデータを蓄積する。シーケンサCPU がデータを収集するタイミングはユーザで設定可能である。・スキャンの毎END 処理時・指定時間経過後のスキャンEND 処理時・命令実行時・安全サイクル時間(安全出力実行後)(図1,2):引用元:三菱電機技報 Vol.95 No.3( 2021)(注1)安全CPU とは国際安全規格の適合認証(カテゴリ4,PL e,SIL 3等)を取得した安全制御のためのシーケンサCPU。(注2)安全制御を実行するプログラムで使用できるデバイス。2.2.2 トリガーの判定レコーダユニットは,保存条件(トリガー)が成立すると蓄積したデータを保存する。トリガーには任意のデバイスの立ち上がり/立ち下がりを設定できる。レコーダユニットは,スキャンごとに指定デバイスの値を確認してトリガーの成立判定を行い,成立した場合に蓄積したデータの保存を行う。4図3.トリガー成立(立ち上がり)での保存例2.2.3 データの保存レコーダユニットはトリガーの成立を判定すると,蓄積したデータからユーザが設定した期間分保存する。データはレコーダユニットに装着したSD メモリカードかファイルサーバに保存する。保存先はユーザが指定できる。2.2.4 カメラレコーダユニットとの連携カメラレコーダユニットとはレコーダユニットの機能に加え,最大4台のネットワークカメラを接続し、動画データを保存できるユニットである。カメラレコーダユニットは最大4台とレコーダユニットを加えた5台で連携し,デバイス/ラベルデータと動画データの収集/記録を行う。複数のユニットで連携する場合,メイン(1台)とサブ(他)に役割が分かれる。メインユニットはシーケンサCPU が収集したデバイス/ラベルデータの蓄積/保存とトリガーの成立判定を行う。(レコーダユニットが含まれる構成では,必ずレコーダユニットがメインを担う。)サブユニットは動画データの受信/蓄積/保存を行う。(レコーダユニットが含まれない構成では、メインのカメラレコーダユニットは動画データの受信/蓄積/保存も行う。)図 4. レコーダユニット/カメラレコーダユニットの最大構成(図4):引用元:三菱電機 MELSEC iQ-R システムレコーダ ユーザーズマニュアル3.工夫点レコーダユニットの開発にあたっての工夫点を紹介する。内容は,以下のとおりである。・デバイス/ラベルデータの保存期間・スキャンタイムの延び・動画データの蓄積機能の負荷軽減3.1 デバイス/ラベルデータの保存期間3.1.1 データの圧縮による保存期間の拡大レコーダユニットはシーケンサCPU で使用するデバイス/ラベルデータを全点蓄積し,保存することが可能である。シーケンサCPU は最大で1690K 点を設定することができ,1スキャンで約3.3MB のサイズになる。そのため,スキャンごとのデータをそのまま保存すると保存サイズが増え,保存期間が短くなってしまう。これを解決するため,レコーダユニットはシーケンサCPU から取得したデータ(一時データ)を圧縮し、蓄積/保存するようにした。圧縮することで蓄積データのサイズを減らし,保存期間を長くとれるようにした。5図5.データの圧縮3.2 スキャンタイムの延びレコーダユニットはシーケンサCPU のデバイス/ラベルデータをスキャンごとに必ず蓄積する。そのためシーケンサCPU はレコーダユニットの蓄積が終わった後に次の収集を行う必要がある。レコーダユニットの蓄積が終わっていなければレコーダユニットの蓄積の完了を待つ。シーケンサCPU が収集を待つことで,次のスキャンを開始できず、結果スキャンタイムが延びる問題がある。3.2.1 シーケンサCPU のプログラム実行と同時に蓄積することによりスキャンタイムの延びを抑制この問題を解決するため、レコーダユニットはシーケンサCPU のプログラム実行と同時に,前回のスキャンのデバイス/ラベルデータを蓄積するようにした。これにより,シーケンサCPU がレコーダユニットの蓄積の完了を待つ時間を減らし,スキャンタイムの延びを抑制した。前回のスキャンのデバイス/ラベルデータはシーケンサCPU が専用のメモリエリアに保持しており,レコーダユニットはそのエリアから取得することで前回のスキャンのデバイス/ラベルデータを蓄積することができる。図6.プログラム実行と同時蓄積3.2.2 処理のCPU コアを分けることによるスキャンタイムの延びの抑制レコーダユニットはシーケンサCPU のデバイス/ラベルデータをそのまま蓄積するわけではなく,データを圧縮する。そのため蓄積は,シーケンサCPU から一時データの取得( 以下,取得とする)を行い,取得したデータの圧縮(以下,圧縮とする)をする必要がある。圧縮が終わらないと次の取得が圧縮を待つことになり,結果としてシーケンサCPU がレコーダユニットの蓄積の完了を待つことになる。そこで、取得と圧縮のCPU コアを分けることで取得と圧縮を同時に動作するようにした。コア1つによる動作では片方の処理がもう片方の処理を待たなくてはならない。同時に動作することによって,片方の処理待ちを減らし,シーケンサCPU がレコーダユニットの蓄積の完了を待つ時間を減らすことができる。図 7. コアを分けた処理63.3 動画データの蓄積機能の負荷軽減動画データを蓄積する機能において,動画データのフレーム当たりのサイズが大きくなると,動画データの蓄積処理が高負荷になってしまう。そして動画データの蓄積処理よりも低優先度である処理が動かなくなる問題がある(例: SD メモリカードの取り出し操作に反応しない)。この問題はH.264 というコーデックを使用するケースにおいて主に発生した。H.264 はフレーム全ての情報(60フレームごと)と,前回フレームとの差分情報(毎フレーム)で扱われる。撮影対象が画面全体で動き続けると差分情報がとても大きくなる。その結果,フレームサイズが増大して動画データの蓄積処理が高負荷になり,SDメモリカードの取り出し操作などを受け付けなくなり,ユーザはユニットが異常停止したと勘違いしてしまう。負荷が高い場合、動画データを破棄することで蓄積処理を減らし負荷を下げるようにした。この処理によって,ユーザの操作を受け付ける処理を優先するようにした。高負荷であることは,最低優先度のタスク(以降カウンタタスク)の動作状況から判定した。カウンタタスクは定期的にカウンタ値を加算していく。最高優先度のタスク(以降確認タスク)は定期的にカウンタタスクのカウンタ値を確認し,カウンタ値が閾値よりも小さい場合は動画データの蓄積処理が高負荷であると判定する。高負荷であると判定した場合は,動画データの蓄積処理を途中で破棄させるようにした。破棄することで負荷が下がり,ユーザ操作の受付けなどの動画データの蓄積処理よりも優先度の低い処理が動くようになる。図 8. 動画データの蓄積処理の負荷軽減4.むすび本稿では,当社が開発に関わったレコーダユニットの開発内容及び工夫点について紹介した。レコーダユニットを用いたシステムレコーダで、事後保全の支援を行いダウンタイムの削減ができた。今後も保全業務をターゲットとするソリューションの重要性は高まっていくと思われる。レコーダユニットの開発で得た知見を活かし,社会に貢献できる製品開発に取り組んでいく所存である。最後に,開発にあたりご支援,ご指導いただいた三菱電機(株)名古屋製作所FA システム第二部の関係各位に感謝の意を表する。商標・登録商標について■ MELSEC,MELSEC iQ-R は三菱電機株式会社の登録商標です。参考文献■三菱電機技報 Vol.95 No.3( 2021)執筆者紹介松下 侑資2006年入社 MELSEC iQ-R情報連携製品の開発に従事。現在,名古屋事業所 FAシステム統括部 情報通信システム技術部 FA情報通信技術第三課渡辺 大介2017年入社 MELSEC iQ-R情報連携製品の開発に従事。現在,名古屋事業所 FAシステム統括部 情報通信システム技術部 FA情報通信技術第三課堀田 怜2015年入社 MELSEC iQ-R情報連携製品の開発に従事。現在,名古屋事業所 FAシステム統括部 情報通信システム技術部 FA情報通信技術第三課