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Category:電力システム
既設訓練システムにおける連携訓練の実現

電力系統監視制御システム(以下、系統制御システム)は、発電所・変電所から各家庭に電気を安定的に供給する重要なシステムである。一度電気の流れを遮断する系統事故が発生した場合、運転員は迅速な対応を求められ、電力系統の高度な知識と運用技術が必要とされる。運用技術の習熟には経験の積み重ねが必要であるが、運転中の実システムでは運転員に系統事故の復旧操作を計画的に経験させることはできない。そのため系統制御システムと同等の機能を持つ電力系統運用訓練システム(以下、訓練システム)を用いて、訓練が行われる。訓練システムは、発電所・変電所の設備構成、系統保護機器の特性など、機器の動作を忠実に再現することで、実際の電力系統の状態を模擬し、平常時の機器操作の訓練、及び系統事故発生時の復旧操作の訓練を実現している。電力会社では、給電所システム、制御所システムの開発に合わせて訓練システムも開発し、給電所・制御所が管轄するエリアを対象に運転員の訓練を行っている。しかしながら、近年、運転員の対応を必要とする系統事故は複雑化・高度化しており、広域に拡大する停電等の系統事故に対し、隣接する複数の給電所・制御所(注1)が連携して復旧対応するケースが増加している。当社では、給電所・制御所ごとに個別の訓練を目的とした訓練システムを開発しているが、エリアをまたぐ広域停電などの事態に対して、的確に対処することへの要望が強くなってきたことを受け、複数の給電所・制御所が連携して訓練する「連携訓練」を実施できる方式を新たに開発した。本稿では、既設訓練システムにおける連携訓練の概要と、その実現方式について報告する。
参考情報:
- この技術レポートは、当社が展開する公共・エネルギー事業の電力システムソリューションに係る技術について著述されたものです。
- 電力システムソリューションは、神戸事業所/横浜事業所/ トータルソリューション事業所が提供しています。
既設訓練システムにおける連携訓練の実現 1. まえがき 電力系統監視制御システム(以下、系統制御システム)は、発電所・変電所から各家庭に電気を安定的に供給する重要なシステムである。一度電気の流れを遮断する系統事故が発生した場合、運転員は迅速な対応を求められ、電力系統の高度な知識と運用技術が必要とされる。運用技術の習熟には経験の積み重ねが必要であるが、運転中の実システムでは運転員に系統事故の復旧操作を計画的に経験させることはできない。そのため系統制御システムと同等の機能を持つ電力系統運用訓練システム(以下、訓練システム)を用いて、訓練が行われる。訓練システムは、発電所・変電所の設備構成、系統保護機器の特性など、機器の動作を忠実に再現することで、実際の電力系統の状態を模擬し、平常時の機器操作の訓練、及び系統事故発生時の復旧操作の訓練を実現している。電力会社では、給電所システム、制御所システムの開発に合わせて訓練システムも開発し、給電所・制御所が管轄するエリアを対象に運転員の訓練を行っている。しかしながら、近年、運転員の対応を必要とする系統事故は複雑化・高度化しており、広域に拡大する停電等の系統事故に対し、隣接する複数の給電所・制御所(注1)が連携して復旧対応するケースが増加している。当社では、給電所・制御所ごとに個別の訓練を目的とした訓練システムを開発しているが、エリアをまたぐ広域停電などの事態に対して、的確に対処することへの要望が強くなってきたことを受け、複数の給電所・制御所が連携して訓練する「連携訓練」を実施できる方式を新たに開発した。本稿では、既設訓練システムにおける連携訓練の概要と、その実現方式について報告する。 2. 現状の訓練システム 2.1 訓練業務の説明系統制御システムは、実際の発電所・変電所等で構成される電力系統から、電気の流れを表す系統状態や電気の量を表す系統の値を受信し、状態監視や事故監視を行ったり、系統状態を管理する機器の入り切り制御や発電機の出力制御等を行う。訓練システムは、系統制御システムと同等の監視、操作が行えるオンライン模擬機能を持ち、実系統の系統状態を模擬することができる。訓練システムの構成例を図1に示す。図1. 訓練システムの構成例既設訓練システムにおける連携訓練の実現神戸事業所 技術第3部 電力システム第4課渡辺 靖(注1 ) 給電所・制御所:電力会社における制御システムの種類。電力会社におけるシステム階層の例を以下に示す。 中央給電所 ~ 給電所 ~ 基幹制御所 ~ 制御所 ~ 変電所25既設訓練システムにおける連携訓練の実現特集論文訓練システムを構成する業務は、トレーナ業務とトレーニ業務の2つに区分される。トレーナ業務には、以下に示す訓練管理機能と系統模擬機能の2つの機能がある。(1) 訓練管理機能は、訓練シナリオを作成し、訓練シナリオに沿って訓練を実行した後、訓練結果の評価をサポートする。(2) 系統模擬機能は、訓練中に実際の電力系統の動作特性に合わせて、電力系統の状態模擬や系統全体の系統計算を実行する。トレーニ業務は、訓練を受ける側(給電所員・制御所員)が、実際の系統制御システムと同等の監視、操作が行えるオンライン模擬機能を組み込んでいる。トレーナ業務、トレーニ業務の概要を図2に示す。図2. トレーナ業務、トレーニ業務の概要トレーナ業務(訓練管理機能、系統模擬機能)、トレーニ業務の代表的な処理を表1に示す。これらの機能は、訓練システムごとに要否を検討、実装/未実装を個別に決定する。表1. トレーナ業務、トレーニ業務の処理一覧2.2 訓練システムのモード訓練を円滑に行うために、訓練準備、訓練開始、訓練実行、訓練終了の4つのモードがある。各モードの動作内容を表2に記載する。表2. モード管理の動作内容26既設訓練システムにおける連携訓練の実現2.3 訓練システムの形態訓練システムでは、個別訓練、合同訓練、連携訓練の3つの訓練形態を実施できる。(1) 個別訓練個別訓練時のシステム構成概要を図3に示す。給電所・制御所の訓練実施地域ごとに、系統模擬装置により系統状態を模擬する。トレーナ卓から、トレーニ卓に系統状態を送信することで、トレーニ卓がそれぞれの系統状態を認識する。給電所同士の間にデータの送受信は無く、独立した訓練を個別に実施している。図3. システム構成概要(個別訓練時)(2) 合同訓練合同訓練時のシステム構成概要を図4に示す。三菱電機が納入した給電所システムの2箇所以上で合同訓練が可能である。系統状態全てを系統模擬装置が一元管理しているため、どの給電所からも共通の情報を引き出すことが可能となり、複数給電所の合同訓練が可能になっている。図4. システム構成概要(合同訓練時)(3) 連携訓練連携訓練時のシステム構成概要を図5に示す。連携訓練には複数箇所の訓練システムが参加し、同一シナリオの訓練を実施する。運転員は系統状態をもとに系統運用を行うため、系統状態がシステムごとに異なってしまうと、運転操作も不整合となる。現状では、複数システムで系統状態の計算結果を一致させるのは、非常に難しい。そのため、連携訓練を実施する場合は、連携するパターンにより、どの系統範囲を採用するかを予め決めておき、系統状態を作成する。トレーナ卓から系統状態を全トレーニ卓に通知することで、それぞれのトレーニ卓で系統状態を認識する。共通の系統状態以外は自システムの系統状態を採用する。図5. システム構成概要(連携訓練時)27既設訓練システムにおける連携訓練の実現2.4 連携訓練の構成パターン電力系統が高度化し、重大事故発生時の影響範囲が広がり、管轄内の地域のみの訓練では、対応できない事象が増加している。そのため、複数の給電所・制御所が連携して実施する連携訓練の需要が大きくなっている。連携訓練の組合せパターンは、図6に示す4パターンとなる。図6. 連携訓練の構成パターン3. 課題と対策既設訓練システムで連携訓練を実現するために以下の課題があった。(1) 系統状態管理の一元化(2) 改造内容の最小化この課題を実現するに当たり、以下の客先ニーズがあり、考慮が必要となった。① 訓練対象の各システムは運用中であるため、極力処理を変更しないこと。② 三菱電機以外の他社が製作したシステムが含まれており、メーカーごとにDBのデータ構造が異なっているため、システム間インタフェースを統一すること。3.1 課題の詳細(1) 系統状態管理の一元化連携訓練対象の各システムでは模擬範囲が異なり、DBに定義する設備データの範囲も異なるが、連携訓練では各システムで定義される全ての設備データの範囲を模擬の対象とする必要がある。連携訓練の模擬範囲と訓練対象システムの定義範囲との関係を図7に示す。図7. 連携訓練の模擬範囲と訓練対象システムの定義範囲との関係連携訓練では、各システムでそれぞれの定義範囲を計算するため、設備の状態を全て同一に設定して計算しなければ、計算結果が矛盾し、妥当な訓練とはならない。このために、以下のように状態を設定する必要がある。① 複数のシステムに共通的に含まれる設備の状態は、同一に設定する。② 自システムの範囲に含まれず他システムの範囲に含まれる設備の状態と、自システムの範囲に含まれるが他システムの範囲には含まれない設備の状態に矛盾が無いように設定する。(2) 改造内容の最小化給電所及び給電制御所は、既に運用開始済みのシステムであり、他メーカーのシステムも含まれる。それぞれに設計思想が異なるため、これらに統一した考え方を適用することは、コスト面で客先の了解が得られない状況であった。28既設訓練システムにおける連携訓練の実現3.2 対策方法(1) 系統状態管理の一元化それぞれ模擬対象の異なる各システムの系統状態を一元的に管理するために、管理するシステムを親、管理されるシステムを子とみなし、各システム間に親子関係を設ける。各連携パターンにおいて、訓練の実行管理システムを親システム、訓練に参加するシステムを子システムと呼び、親システムの1箇所で管理することにした。前述の連携訓練の構成パターンでは、親システムを以下と決めた。・ 連携パターン① ,② ,③給電所・ 連携パターン④給電制御所親システム/子システムの考え方を用いて、連携訓練の各モードで、どのように機能を実現するかを検討した。⒜ 訓練準備モード 訓練準備モードでは、各システムの状態を矛盾の無い状態に調整する。 模擬対象の系統状態の管理は親システムで行い、親システムから子システムに系統状態を等価することにした。 親システムで作成した系統状態を各子システムが取り込み、親システムの系統状態に含まれない部分を各子システムで作成する。その際、親システムが作成した部分と、子システムで作成した部分に矛盾が発生しないように注意が必要となる。 訓練準備モードにおける系統状態の作成手順を図8に示す。図8では連携パターン①を例としている。図8. 系統状態の作成手順⒝ 訓練開始モード 訓練の実行管理として代表的なものには、訓練開始/訓練終了の操作がある。訓練開始は、その時点から実際の訓練を開始するため、訓練参加者全員の準備(訓練開始実行前の対応)が完了している必要がある。訓練終了は、それ以降では系統の模擬やトレーニの各操作が不可能になるため、復旧操作や事後確認等が全て完了した後で行う必要がある。連携訓練を実施する際、訓練の開始操作や終了操作は連携訓練に参加している全箇所に影響し、1回実施すると取消し/やり直しができない操作である。そのため、訓練の実行管理は各箇所で個別に判断するのではなく、全体を把握する親システムで操作を行うこととした。 訓練開始モードにおける訓練開始時の操作手順を図9に示す。図9. 訓練開始の操作手順⒞ 訓練実行モード 実行中に計算する系統の数値情報(以降、TM(注2)情報)は、訓練時刻の経過などにより常に変化するため、親システムから子システムに、周期的に送信する。各子システムでは、親システムから送信されない情報は子システム側で模擬/管理する。子システムでは、親システムから送信された状態と、子システムで模擬している状態を合わせて、システムが必要とする全ての系統状態を模擬することができる。 また、各システムでのトレーニ操作や、模擬動作による、開閉器、リレー装置などの機器状態(以降、SV(注3)情報)の変化も、親システムに集約して、子システムに通知する。(注3 ) SV:スーパービジョン(super vision) 観測装置により観測されたデータで、遠隔地に転送された2値データ。(注2 ) TM:テレメータ(telemeter)[計測情報]観測装置により計測されたデータで、遠隔地に転送された数値データ。29既設訓練システムにおける連携訓練の実現 訓練実行モードにおける系統状態の変更手順を図10に示す。図10. 系統状態の変更手順子システムで発生したSV情報の変化は、親システムの系統状態に含まれない範囲であっても、子システムから親システムに通知を行う。親システムは系統状態を管理していない場合は、受信した系統状態をそのまま送り返す。このようにして、親システムでの系統状態範囲に関わらず、同様処理手順で全てのSV情報の変化を処理することにした。(2) 改造内容の最小化(1)の対策を実現するために、異なるシステムで、設備の同一性を保証する仕組みが必要となる。最も根本的な解決策としては、全システムの設備識別情報を共通化することが考えられるが、各システムの設備識別情報を用いた処理に影響を及ぼし、それらの改修・試験に膨大なコストが必要となる。全システムの設備識別情報を共通化せずに、設備の同一性を保証するために、各システムが持つ、設備識別情報について調査した。その結果、各システムに共通した3つの設備識別情報を持つことが判明した。⒜ 内部固有キー(8byte) 内部固有キーは、各システムのDB生成機能が自動的に割り付ける設備種別番号で、設備DBのメンテナンス時に都度変更が発生する可能性があり、これを使用すると、データ保守費用が増大する原因になる。⒝ 外部固有キー(22byte) 外部固有キーは、設備DBのメンテナンスでも変化しないため、システム内での一意性は保証されるものの、サイズが情報値(4byte)より5倍以上大きいため、これを使用すると伝送性能の劣化が懸念される。⒞ 連番コード(4byte) 連番コードは、TM情報、SV情報に割り当てられる固有の情報で、ユーザーがメンテナンスを行う項目となっている。 そのため、設備DBのメンテナンスでも変化させないようにすることができる。サイズも外部固有キーと比べると非常に小さいため、伝送性能への影響も少ない。この連番コードは、連携対象の全システムおいて存在するものの、値は個別に設定されているため、そのままでは共有できないが、変換処理等を工夫することで、各システムで共通化することが可能と考えた。その際にまず前提条件として、連携対象各システムの計算機処理において、使用中の内部固有キーは変更しない方針とした。さらに、各システムの大部分の処理は変更せず、連携に必要な最小機能を各システムに追加した。具体的な対応としては、システム間の連番コードの対応表を追加し、システム間インタフェースデータの送信の変換処理を行うこととした。また、この変換処理は、親システムとなったときのみ実施する。この場合、子システム側の処理は自身の持つ内部固有キーをそのまま使用できるため、改造量の最小化も図られる。親システムから子システムにデータを送信する場合の変換処理を図11に示す。図11. 変換処理Ⅰ(親システム→子システムデータ送信時)30既設訓練システムにおける連携訓練の実現親システムである給電所で、親システムの連番コードから子システムの連番コードに変換し、子システムの連番コードを使用して子システムに系統情報を通知する。子システムでは、自システムの連番コードから内部固有キーに変換を行う。子システムから親システムにデータを送信する場合の変換処理を図12に示す。図12. 変換処理Ⅱ(子システム→親システムデータ送信時)子システムから親システムに通知を行う場合は、子システムが内部固有キーから自システムの連番コードに変換し、その連番コードで親システムに通知を行う。受信した親システムは、子システムの連番コードを親システムの連番コードに変換した後、さらに親システムの内部固有キーに変換し、システム内で処理を行う。このように処理することで、子システム側の変更処理を最小限にとどめることができた。各システムに定義される連番コードはそれぞれ異なっていたが、幸いにも連番コードを含むデータベースの定義を管理する部門が同一であったため、必要とするシステムごとのデータを集め、連番コードの対応表を容易に作成することができた。また、設備の追加/削除によるデータメンテナンス時の対応表のメンテナンスは必要であるが、連携対象の全システムが個別に保持するのではなく、親システムにのみ保持しているため、保守性も確保されている。このようにして既設システムの連携訓練を実現させた。4. 今後の検討本開発では、既設システムに少ない変更を行うことで、連携訓練を実現することができた。3システム以上の連携訓練を実現できたことにより、大災害を想定した広範囲事故に対する訓練が、机上ではなく実システムを使用して実施可能になった。この結果、今後、要望が高まるであろうブラックアウト(注4)訓練等の大規模訓練の実現に近付けることができた。しかし、既設システムにおける各種制約が存在しているため、連携訓練として実現できていない機能が存在している。今後は、システム開発段階から連携訓練を考慮した設計を行い、より高度な訓練に対応できるよう取り組みたい。5. むすび本開発を担当したことにより、システム/データベース双方に関し、客先、関連他社などの多くの知見を得ることができた。これは、自社システムの製作のみを担当していたのでは得ることができないものであり、大変有益であった。今後はこの経験を活かし、より有効なシステム製作に取り組んでいきたい。最後に、本システムを開発するに当たり多くのご助言とご指導をいただいた三菱電機株式会社電力システム製作所系統システム部殿及び当社関係各位に深く感謝申し上げる。(注4 ) ブラックアウト:電力会社が管轄する地域の全てで停電が発生する現象(全域停電)。 復旧操作は非常に複雑となり、訓練を実施するのはかなり困難である。執筆者紹介渡辺 靖 ワタナベ ヤスシ1984年入社。主に各電力会社の訓練システムのソフトウェア開発に従事。現在、神戸事業所技術第3部電力システム第4課。31既設訓練システムにおける連携訓練の実現