2024年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)
無線式列車制御システム
無線技術を用いた列車保安システムで
都市部の輸送効率と信頼性を向上
列車の安全を守る保安システム
現在、国内で運用されている主要な列車保安システムには「自動列車停止装置(ATS)」や「自動列車制御装置(ATC)」があります。これらのシステムは地上の列車保安システムが列車の脱線、衝突がないことを確認し、車上に搭載した列車保安システムが線路上の設備から列車の制御を行う信号を受信して「安全な位置までに列車を停止」させたり、「制限速度を超過しない」ように、列車を自動的に制御します。
世界的な標準として広がる「CBTC」
海外の列車保安システムは、無線技術を用いた無線式列車制御システムCBTC(Communications-Based Train Control)が国内より先行して拡大しています。デジタル無線技術の実用化を契機に1990年代から世界中のメーカーが開発に取り組み、2000年代になるとロンドン、パリ、ニューヨーク、北京など大都市の地下鉄や空港内の新交通システムへの導入が進んでいきました。社会インフラ事業統括部 伊丹事業所 車両制御システム部 保安制御システム第1課 課長の西岡一彦氏は「CBTCは世界中の多くの路線に採用されており、国内においても無線式列車制御システムの導入が進んでいくと考えます」と語ります。
まず、閉そくの基本的な仕組みですが、図1のように線路を複数のブロックに区切り、ブロック内を走行する列車は“常に1列車”とすることで安全を確保しています。このブロックを「閉そく」と呼びます。
例えば、図1の閉そくCを列車が走行している間、後続の列車は閉そくA、閉そくBまでは進入できても、閉そくCまで進入することはできません。

次にATCの基本的な仕組みですが、線路上には列車の位置を認識する地上装置があり、後続列車が前方の閉そくに進入しないように制限速度を設定しています。列車に搭載した車上装置は地上装置から受信した制限速度信号をもとに、列車が制限速度を超えないように自動的にブレーキをかけます。
図2のように先行列車が閉そくFにいる場合、後続列車は5区間手前の閉そくAでは車間距離が長いため比較的高めの制限速度で走ることができます。車間距離が短くなる閉そくB、閉そくCに近くなってくると、制限速度は低くなります。閉そくの間隔を短くすれば、より細かな制御が可能ですが、設備を増やす必要があり装置のコストは膨らんでいきます。

CBTCは簡単にいうとこの「閉そく」のような固定された区間の概念をなくしたものです。線路上を走る列車が自身で位置演算を行い、列車位置を無線で地上装置に通知します。
図3に示すように、前方を走る列車Aは、車上装置から無線で自身の位置情報を地上論理部に通知します。列車Aの位置を受信した地上論理部は後方を走る列車Bに「どこまで走行できるか」を示した停止限界を送信します。信号を受信した列車Bは、搭載した車上装置が停止限界を超えないように速度照査パターンを作成し、パターン速度超過時は自動的にブレーキをかけ減速します。

輸送効率と信頼性向上が
CBTC採用のメリット
CBTCを採用するメリットは、無線通信の利用により「閉そく」のような固定された区間をなくし、列車の間隔を短くすることができることです。
「遅延が発生した場合でも、CBTCであれば列車間隔を短くすることが可能になり、高い遅延回復が期待できます」(西岡氏)
もう一つのメリットは、地上設備をスリム化できることです。既存の保安装置は、「軌道回路」を設置して列車の位置を把握しています。軌道回路は数十~数百mおきに設置されています。
対してCBTCは軌道回路を必要としないため、地上に配置する軌道回路に付随した設備(送信機・レール絶縁等)を減らすことが可能になります。
「地上設備をスリム化することで設置する装置が少なくなり、信頼性の向上につながります」(西岡氏)
列車保安システムに組み込むソフトウェアを開発
MESWは、1980年代から三菱電機 伊丹製作所とともに、ATS、ATCなど列車保安装置の開発に取り組み、ソフトウェアの設計から組み合わせ試験、システム試験までソフトウェア開発の領域を中心に担当してきました。
「MESWの強みは、豊富な実績と蓄積してきた技術を活かして、改善案や補足事項、注意点などをソフトウェアエンジニアリングの観点から提案できることにあります。乗客の安全を守る列車保安システムは品質が最も重要であり、システムの品質担保により安全で安定した運行に貢献できることがMESWの強みです」(西岡氏)
列車保安システムにおけるソフトウェアでは、応答速度(リアルタイム性)や、異常時には安全側に制御を行うこと(フェイルセーフ)を常に意識して開発を行います。さらにトレーサビリティを考慮して、上流のソフトウェア仕様に紐付くように運用ルールを作成し、管理を徹底しています。また、機能安全の最高レベルであるSIL4(Safety Integrity Level 4)認証に対応したシステムのソフトウェア開発も行っており、鉄道の制御ソフトウェアに関する国際規格であるIEC62279に準拠したコーディング規約を定め、これに基づき一貫性をもったソフトウェアを開発することにより堅牢で安全な製品としています。
無線で制御するCBTCは、従来型の保安システムと比べても機能が多く、複数の機能が相互に関連して動作するシステムとなっています。地上論理部と情報を交換しながら、列車位置や列車速度の演算を行い、常に列車の安全を守るための制御をしています。
各製作フェーズにおける品質の作りこみも重要です。例えば、ソフトウェア設計においては、上流設計者とのコミュニケーションを密にして設計意図を正しく理解することが求められます。
技術と経験を継承
列車保安システムのソフトウェアを開発する伊丹事業所 車両制御システム部は、若手社員からベテラン社員まで幅広い年齢とキャリアを持った社員で形成されています。ベテラン・中堅社員が様々なシステム開発で培った「技術」や「経験」、そして「仕事に対するやりがい」を若手エンジニアに伝えることで、組織的な成長と技術力の向上を図っています。
西岡氏によると、列車保安システムの開発に関わる醍醐味は、鉄道の安全と利便性を支えることにあるといいます。
「自分たちが関わった装置が、鉄道という重要インフラを支える一翼を担い、乗客や地域に住む人々の安全を支えていることにやりがいを感じています。今、この時間も自分たちが製作したソフトウェアで列車が走行し、速度超過がないように安全運行を続けていると考えると、責任ある仕事を担当していることを実感しています」(西岡氏)
三菱電機とともに
鉄道の安全と効率的な輸送に貢献
世界的な潮流を受けて、今後は無線式列車制御システムの需要が高まると考えています。MESWでは引き続き事業者のニーズに合わせたソフトウェアを開発し、三菱電機とともに鉄道の安全と効率的な輸送に貢献していきます。