2024年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)
電気保安スマート化への取り組み
画像をクラウドにアップロードするだけで
AIが送電線の異常を自動検出
電力インフラを守るスマート保安システム
これからの産業インフラの維持に
求められる保安業務のスマート化
スマート保安は、経済産業省が推進する取り組みで、電気、ガス、上下水道、産業プラントなどの社会インフラの保安業務を、最新技術を活用することで効率化し、かつ安全性を向上させるものです。
その背景には、設備の老朽化や保安人員の高齢化・人手不足、災害の激甚化、感染症対策など複数の課題があり、従来の人手に頼った業務遂行では将来的に対応が困難になると予想されています。
そこで、AIやIoT、ビッグデータ、ドローンなどの最新技術を活用したスマート保安システムにより、業務の省力化や品質向上を実現するとともに、設備の状態監視や異常の早期発見による予防保全など、コスト削減と安全性向上が期待されています。
2020年6月には経済産業省が主宰する「スマート保安官民協議会」が発足し、「スマート保安推進のための基本方針」が公表されました。
MESWでは、三菱電機からの委託を受けて、電力会社と協力しながら送電設備のスマート保安システムを開発しています。
「電力会社は、法律で決まったサイクルでインフラ設備を点検しなければなりません。点検にはヘリコプターなども使われていますが、依然として人間に頼る部分が多くあります。保安担当者は、必要があれば山の中を分け入って点検作業を行います。スマート保安への取り組みが推進される理由には、人手不足や効率化といった要素もありますが、現場に駆けつける回数を極力抑えて、業務の安全性を高めるという部分もあります」(重橋氏)
MESWが開発している送電インフラのスマート保安システムは、「送電線異常検出」「鉄塔劣化診断」「線下異常検出」の3つのテーマから構成されています。
「送電線異常検出」は送電線が切れたり、ほつれたり、何かが引っかかったりしていないかを見つけます。「鉄塔劣化診断」は、送電線を支える鉄塔が錆によってどの程度劣化しているかを判定します。「線下異常検出」は、送電線の下に事故につながるような異常(構造物、ビニールシート等の飛来物やクレーン車、地面の崩壊など)がないかを見つけます。その中で送電線異常検出のシステムが、2024年度中に実運用を開始する予定です。
画像をアップロードするだけで
AIが異常箇所をリストアップ
従来の送電線の異常検出は人間の目視に頼っていました。まず、ヘリコプターを使ってデジタルカメラで送電線の写真を撮影し、画像を収めたSSD(Solid State Drive:メモリーチップにデータの読み書きをする外部記憶媒体)を電力会社に送ります。電力会社の保安担当者は受け取ったSSDをPCに繋ぎ、1枚ずつ画面に表示し、肉眼で異常がないかチェックします。異常が見つかれば、ピックアップしてリストを作成して報告します。
「一度の点検で1,000〜1,500枚の画像を撮影します。これを目視でチェックするには相当の時間を要しますし、担当者の負荷も大きいです」(重橋氏)
新しく開発した送電線異常検出システムでは、ヘリコプター撮影の担当者が送電線の画像をインターネット経由でアップロードします。するとシステム上でAIがすべての画像を解析して送電線の異常箇所を自動的に見つけだし、異常箇所と異常の種類をリストアップしたレポートとして出力します。レポートができあがると自動で電力会社の保安担当者へメールが送られます。担当者はレポートの内容を確認して必要に応じて補修などの対応を行います。異常かどうかの最終的な判断は人間が行いますが、電力会社の担当者はすべての画像をチェックする必要はありません。最初のスクリーニングをシステムが行うことで、送電線の保安業務の大幅な効率化・省力化が可能になります。
異常検出率は高い精度を達成しています。また、正常なものを異常と判定する誤検出率も実用の範囲内に収まっています。
「こうした異常検出システムの場合は、まず異常を見逃さないことが重要です。しかし、誤検出が多すぎると人間の確認作業の負担が大きくなってしまいます。今回開発したシステムは検出の精度が高く、画像をアップロードした後は自動でレポート作成まで行えるところが優れています」(重橋氏)
実運用ではクラウド上にSaaSとして構築
複数の電力会社へサービス提供
システムの開発は、2019年に三菱電機と電力会社の共同研究という形でスタートし、MESWも参画しました。
異常を検知するAIや画像処理の部分は三菱電機の情報技術総合研究所が開発したものを使用しています。MESWは、誰でも使えるシステムとして統合する作業を担当しました。
「AIのソフトウェアは渡された1枚の画像の異常を判定する機能だけなので、画像のアップロード受付や、AIへの画像の受け渡し、判定結果のレポートへの変換、メールの配信など、業務システムとして必要な部分を開発しました」(重橋氏)
当初は、AIを使わずに画像処理技術だけで送電線の異常を判定する計画だったといいます。
「ところが、画像処理だけでは限界があることが分かりAIによる判定を加えました。現在は、写真から送電線を抽出する処理と異常の有無までは画像処理で行い、その異常の種類を判定するところにAIを使っています。AIは画像処理で過検出されたものを異常ではないと訂正することもできるので、過検出の削減にも役立っています」(重橋氏)
送電線異常検出システムは、試運用の段階ではオンプレミス環境で運用されてきましたが、実運用にあたってはクラウド上にサービスとして構築し、三菱電機のIoTプラットフォーム「INFOPRISM」の一要素である三菱電機のAIブランドMaisart※1に準拠したAISを活用したSaaS(Software as a Service)として提供されます。このSaaS構築もMESWが担当しています。将来的には複数の電力会社へのサービス提供を目指しています。
また、その他の送電スマート保安のテーマである鉄塔劣化診断は2025年3月に試運用を開始、線下異常検出は2025年4月に実運用を開始する予定です。開発のうえで苦労したことは、まず送電線の点検業務を理解することだったといいます。
「業務システムの設計では、まずお客様の要件や課題を抽出することが一番重要かつ大変なところです。今回の場合、私たちには送電設備の保守業務ノウハウがありませんでした。そこで、お客様から業務マニュアルをお借りするなどして十分に業務を理解して、いかに業務にフィットしたシステムを作れるかを検討していきました」(重橋氏)
AIの判定精度のチェック作業も入念に実施したといいます。
「AIが送電線の異常を正しく判定できているかどうかは、人間が判定しなければならないので、大量の画像をチェックする作業はしっかり時間をかけて実施しました」(重橋氏)
※1Maisartは三菱電機AI技術ブランドの名称であり、独自のAI技術ですべてのモノを賢く(Smart)する思いを込めた、
Mitsubishi Electric's AI creates the State-of-the-ART in technologyの略
新しい技術を業務に
適用させることはすごく面白い
電力関連でのMESWの強みについて、重橋氏は以下のように語ります。
「もともと、私の所属部門では、三菱電機の地図情報基盤を使った情報システムの開発を得意としています。この地図情報基盤を使って、電力会社向けに業務の見える化など、様々なシステムを開発してきました。その実績の積み重ねが今回のスマート保安の開発にも繋がっています」
エンジニア歴40年以上のベテランである重橋氏は、現在でも新しいものを学ぶ楽しさがあるといいます。
「私はだいぶ年齢を重ねましたが、新しい技術を業務に適用させることにすごく面白みを感じて、やりがいをもってやらせていただいています。今回のAIなどもそうですが、情報技術総合研究所で開発された新しいアルゴリズムを、自分たちの技術でお客様の業務に役立つ形にするというところが、一番やりがいがあります」(重橋氏)
今後は、他の異常検出システムの開発や拡張を図っていきたいと語ります。
「まずは送電スマート保安の3つのシステムを業務に役立つところまで作り上げます。その後は、検知した異常を基幹システムに連携するとか、私たちが得意とする地図情報基盤と連携するなど様々な発展が考えられます。こうしたアイデアをご提案して、システム構築まで手掛けることが目標です」(重橋氏)
商標について
- ・INFOPRISMは、日本及び台湾・米国・フィリピン・タイで登録された三菱電機の登録商標です。