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2023年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)

衛星運用手順書(SOP)検証自動化ツール

RPAの活用による衛星運用手順書の
検証作業の自動化
検証コストの削減および検証者の
ヒューマンエラー抑制に貢献

三菱電機ソフトウエア株式会社(MESW)は、RPA(Robotic Process Automation)の技術を活用して人工衛星における運用手順書の検証作業を自動化するツールを開発しました。これまで、検証者が衛星の管制装置に張り付き、数百あるSOPの検証を手作業で実施していましたが、本ツールの導入により、検証作業の自動化とコスト削減を実現しました。さらに検証者によるヒューマンエラーを抑制し、作業品質の向上にも貢献しています。

  • ■髙橋 一寿(タカハシ カズトシ)

    2001年度入社。人工衛星の軌道解析業務を経て、現在は人工衛星の運用業務に従事。電子システム事業統括部 鎌倉事業所 宇宙第四技術部 第二課

静止衛星の安定運用に欠かせない
衛星運用手順書の検証

MESWの電子システム事業統括部 鎌倉事業所 宇宙第四技術部(以下、同部)では、静止衛星の運用管制をはじめ、運用文書や運用手順書の作成、データベースの構築など、静止衛星の運用にかかる全般的な業務を担当しています。静止衛星とは、赤道上空の高度約36,000kmの円軌道を、地球の自転と同じ速度で回っている人工衛星のことで、おもに気象衛星や通信衛星などに利用されています。

一般的に衛星の運用は地上の管制装置を介して行います。管制装置では、衛星から衛星状態を示す「テレメトリ」と呼ばれるデータを受信し、運用者はそのデータをもとに衛星状態を把握しています。一方、運用者は管制装置から衛星に対して「コマンド」と呼ばれる指令を送り、衛星を制御します。このテレメトリとコマンドの実行順序を定義した衛星運用手順書を「SOP(Satellite Operation Procedure)」と呼びます。SOPが正しく作成されていなければ、衛星の運用に支障をきたす場合があるため、SOPの妥当性を検証することは非常に重要な業務です。(下図)

SOP検証は、実際の運用で使用している地上局や人工衛星に対して直接実施するわけではありません。人工衛星の動作をソフトウェア上で模擬した衛星シミュレータにて擬似的に行います。つまり、管制装置から衛星シミュレータに対してコマンドを送り、衛星シミュレータから返ってきたテレメトリを管制装置で受け取る流れです。(下図)

このように、同部では静止衛星のSOPの作成と検証を行い、検証済みのSOPを衛星運用事象者に提供しています。衛星運用事業者は提供されたSOPを用いて衛星を運用します。安全かつ確実に運用するためには、SOP検証によりSOPの品質を保証する必要があります。

定型操作の多いSOP検証に
RPAの適用を検討

従来までのSOP検証は、SOP検証者がすべて手作業で実施していました。検証者は、数百あるSOPの検証を一つひとつ繰り返し実行する必要がありました。ところがSOP検証では、コマンドを送ってから衛星シミュレータが応答し、テレメトリが更新されるまでの待ち時間が発生します。その時間は、ロスコストとも考えられます。また、手作業によるSOP検証は、検証者の作業ミスを誘発する可能性があり、作業品質にも課題がありました。そこで同部は、定型操作が多いというSOP検証の特徴に着目して、SOP検証の自動化に着手しました。

同部 第二課の髙橋一寿氏は「自動化を検討した2019年度当時、業務の生産性向上や省力化を実現する技術としてRPAが注目を集めていました。そこで、管制装置や衛星シミュレータの操作など、SOP検証者がPCのマウスを使って行うような機械的な作業を、RPAで自動化できないかと思い付いたのが開発のきっかけです」と語ります。

多様なRPAツールが提供されている中で、同部はオープンソースソフトウェア(OSS)のSikuliX(シクリエックス)の活用を決めました。SikuliXは、画像認識の技術を利用した自動化ツールです。対象のコントロール(メニューやボタン等)を画像認識で探し出してマウスやキーボードを自動で操作するもので、画面上に表示されているものであればアプリケーションの種類を問わず操作することができます。

「RPAの活用は初めての経験でしたので、まずは無料で利用できること、また、SOP検証は外部のネットワークにはつながず、特定の施設のクローズドのネットワーク内で実施する必要があることから、当時、オンプレミスで利用できるRPAのSikuliXを選択しました」(髙橋氏)

加えて、現在、同部では部門目標として「多能工化」を掲げ、1人の技術者が様々なスキルを身に付けることを目指していることから、SikuliXで採用しているコード記述言語のPython(パイソン)が学べることも背景にありました。

「私が所属する衛星運用部門は、これまでエンジニアがプログラミングを担当することがなかったため、これを機会にソフトウェア開発のプロセスを学ぶことにしました」(髙橋氏)

長年培った運用技術のもと
管制装置とRPAの特性を考慮したツールを開発

SOP検証自動化ツールの開発は、通常業務の合間をみながら進め、2021年度に終えました。開発は髙橋氏をリーダーに、設計者、コーディング担当、テスト担当の4名を加えた5名の体制で実施。まずは過去のSOP検証から典型的なケースをピックアップし、検証プロセスを整理してツールの設計を行いました(設計)。その後、設計書を基にPythonでコーディングを行い(製造)、過去に実際の衛星運用にて使用したSOPを使ってツールの妥当性を確認しました(試験)。

「管制装置とSikuliX、それぞれの特徴や制約があるため、実装の工夫が必要でした。例えば、SikuliXは画像認識が得意ですが、文字認識は弱い(“O”を“0”と誤認識するなど)ことが実装過程で判明しました。そこで、実装上、文字認識を利用した方が簡便な部分も、可能な限り画像認識を使うように設計、実装を工夫しました。一方、同部では、運用設計からSOP作成、SOP検証に至るまでのプロセスを一貫して担っており、SOP検証自動化ツールを設計する上で必要な知識であるSOP構成、SOP実行時の管制装置の動作などを熟知しています。私たちはソフトウェア開発の経験はありませんが、その強みを十分に活かして設計を進めることができました」(髙橋氏)

SOP検証の自動化により
技術者はより高度な業務に時間を活用

SOP検証自動化ツールは、2023年12月現在、進行中の静止衛星プロジェクトのSOP検証で活用しています。従来までのSOP検証はSOP検証準備を行い、その後、SOP検証者が衛星シミュレータと管制装置を操作してSOPの実行や実行結果の確認に必要なログの取得等を行っていました。SOP検証自動化ツールを活用することで、SOP検証準備から以降の作業をすべて自動で行えるようになりました。(下図)

「自動化によりSOP検証者は、管制装置や衛星シミュレータに最初から最後まで張り付いている必要がなくなり、勤務時間外でも検証を実行することが可能になりました。結果として、ロスコストの削減が実現しました。具体的な作業時間としては、従来から40%程度の削減を見込んでいます。また、自動化によりSOP検証者の作業ミスが削減され、作業品質の向上が期待できます」(髙橋氏)

今後、SOP検証はできる限りSOP検証自動化ツールを活用して省力化を図る予定です。これにより、SOP検証を担当していた技術者は、衛星運用にかかるその他の業務に時間を使うことが可能になる見込みです。

SOP検証自動化ツールの開発プロジェクトは2021年度で終了しましたが、ここで得たRPAのノウハウはその他の衛星運用業務に適用できる可能性があると考えています。

「私たちの部署では、衛星の運用文書や運用画面の作成、データベースの構築なども行っていますので、業務分析を通して、さらなる衛星運用業務の自動化を図ることができれば良いと思います」(髙橋氏)