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2023年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)

地図表示ライブラリ

汎用GISソフトウェアのカスタマイズによって
防衛分野向けに最適化した
地図表示ライブラリを開発

三菱電機ソフトウエア株式会社(MESW)では、開発元からの委託を受けて防衛分野向けシステムを開発しています。各種防衛分野向けシステムにおいて、欠かせないのが地図表示機能です。しかし、地図表示機能はシステム単位で独自に開発しているため、システム間の互換性が低く、開発やメンテナンスの負荷が大きくなっています。そこで、汎用GISソフトウェアをベースに防衛分野向けに多種多様な情報表示機能を備えた地図表示ライブラリを開発しました。これにより開発効率が向上し、開発コストの軽減が実現しています。

  • ■小西 陽介(コニシ ヨウスケ)

    2003年入社。防衛分野向けシステムのソフトウェア開発に従事。
    電子システム事業統括部 通信機事業所 第四技術部 第二課 専任

  • ■森本 清孝(モリモト キヨタカ)

    2004年入社。防衛分野向けシステムのソフトウェア開発に従事。
    電子システム事業統括部 通信機事業所 第四技術部 第二課 専任

各システムで共通利用する地図表示機能を
「地図表示ライブラリ」として開発

防衛分野向けシステムにおいて地図表示機能は中核機能であり、MESWでは開発委託元からの要望に応えながら、多くのシステムで地図表示機能を開発しています。しかし、各システムで開発担当者が独自に開発しているため、システム間の互換性が低く、開発やメンテナンスのノウハウが共通化できていません。結果として、開発効率の低下を招いたり、開発コストの高止まりを招いたりしていることから、MESWでは各システムで共通利用する地図表示機能を「地図表示ライブラリ」として開発することにしました。

地図表示機能を実現する地理情報システム(GIS)において、GISを開発するためのアプリケーションにはいくつかの製品があります。その中でも防衛分野向けシステムのGISアプリケーションについては、アメリカのESRI社の「ArcGIS」を採用する傾向が高まっています。しかし、ArcGISは多種多様な機能を有しているがゆえに使用方法は複雑で、非機能要件を含めて最適化が容易でないことから、導入のハードルが高くなっていました。

そこで、MESWでは防衛分野向けシステムの開発者が、開発委託元の要求/環境に合わせてArcGISが導入できる地図表示ライブラリの実現を目指しました。

ArcGIS導入時のハードルを解消し
容易に正しく使えるライブラリを開発

防衛分野向けシステムの開発者がArcGISを導入する時の課題として、状況に応じて複数の実現手段が提供されていることがあります。それゆえに、プロジェクトごとに最適な手段を検証したり、必要な手段を取捨選択したりする必要があり、ArcGISを使用するハードルとなっていました。誤った手段を採用すると、性能面が十分に発揮できずに地図表示速度の低下につながり、開発委託元が求める要求に応えることができません。

そこで、MESWが開発した地図表示ライブラリでは独自の工夫をしました。電子システム事業統括部 通信機事業所 第四技術部 第二課 専任の小西陽介氏は次のように語ります。

「防衛案件で求められる機能と性能要件を満たす最適な手段を、お客様の要求にあわせて柔軟に対応できるようにまとめました。システム開発者のハードルとなる機能調査や検証作業を軽減し、誤った使い方を回避できるようにしています。それにより、多種多様なデータを重ね合わせる表示機能、視覚的にストレスをかけることなく判読できる表示機能などを備えた地図表示ライブラリを開発することができました」(小西氏)

防衛案件に要求される地図表示機能を
MESW独自の工夫により実現

防衛案件に要求される項目をもとに選定した地図表示ライブラリの主要機能と、MESW独自の工夫は以下のとおりです。

・地図表示
地図表示はArcGISの基本的な機能です。指定された地図データを表示するほか、指定高度データの表示、表示スケールの変更などがあります。ArcGISで各種データを読み込むためにはいくつかの必要な手続きがありますが、地図表示ライブラリがそれらを担うことで、アプリケーション開発者が地図データのパスを指定するだけで各種地図データの読み込みができるようにしています。電子システム事業統括部 通信機事業所 第四技術部 第二課 専任の森本清孝氏は次のように語ります。
「ArcGISは多様なデータフォーマットに対応しているため、データを読み込む前の段階で複数の “手続き”が必要です。間違えると想定した性能で地図表示機能が動作しなくなることもあります。開発者は性能を満たすためにインプットデータに応じてチューニングが必要になることから、最適な手続きをライブラリ内に隠蔽することでミスをなくし、効率的に開発できるようにしました」

・地図状態取得
地図状態取得とは、地図のマウス座標と高度、表示中心座標、表示範囲を取得する機能です。ArcGISでは、ソフトウェアのフレームワークに制約があり、簡易にデータが取得できない課題があることから、地図の状態が簡易に取得できるインターフェースを設けています。

・表示物描画、表示フィルタ
表示物描画は、緯度経度線等のグリッド線を表示したり、任意の表示物を地図に追加・変更・削除したりする機能であり、表示フィルタは、レイヤ・表示物の表示/非表示を変更する機能です。
これらの機能では、地図への描画処理に関わるインターフェースを設け、地図表示ライブラリが適切なArcGIS機能の選択やArcGIS機能への処理手続きを担うことで、アプリケーションでの描画処理の実装コストを下げています。
「表示物描画と表示フィルタの機能では、何を描画するかに応じて、ArcGISに対する命令が異なり、開発者は検証作業が必要です。そこで、ライブラリに対して実現したい要求を送るだけで、要求した描画やフィルタに応じたArcGISに対する命令を自動的に実行するようにしました」(森本氏)

・作図機能、表示物編集、地図計測
作図機能は、折れ線や多角形などを作図する機能。表示物編集は、表示物のクリック・ドラッグの操作で編集や移動を実現する機能。地図計測は、地図上の2点間の距離・方位を計測する機能です。
これらは、ArcGISの標準機能としては提供されていませんが、防衛案件では、一般的に求められる機能です。そこで、地図表示ライブラリに当該機能を追加しました。

・表示物選択
表示物選択は、表示物の選択や選択の可否を設定する機能です。防衛案件では、細部の要件が変わることがあるため、ベースとなる機能を提供しつつ、カスタマイズ可能な設計とすることで、アプリケーションでの拡張性を担保しています。

以上が独自の工夫の詳細ですが、地図表示ライブラリの機能を使用した時の画面例が図1になります。

図1:ライブラリ使用時の画面例
図1:ライブラリ使用時の画面例

防衛分野向けシステムにおける
40年来の開発ノウハウを活用

地図表示ライブラリの開発では、40年来にわたるMESWの防衛分野向けシステム開発のノウハウが集約されています。

「防衛分野向けシステムでは、防衛業務での操作性や運用を想定した開発が必要です。例えば、画面に表示する文字の大きさやボタンの大きさについても、手袋をしたまま操作するか、タッチパネルで操作するのかマウスで操作するのかなど、運用形態を考慮して開発しています。今回は防衛案件ですが、地図表示機能としては基本的には一般的なGISをベースとしていますので、GISに関するところでは幅広い領域で応用ができます」(小西氏)

活用部門やプロジェクトの拡大に向け
Webアプリケーションでの運用を検討

防衛分野向けシステムの地図表示ライブラリの開発により、システム間で共通の操作性を実現し、属人性を排除することができました。すでに開発現場でもライブラリの活用が始まり、開発効率の向上や、開発コストの低減に貢献しています。

「開発経験が浅い若手の開発者に使ってもらったところ、非常に分かりやすいという反応でした。実際のシステム開発においても、高い生産性を得ることができました。ArcGIS特有の複雑な手続きを単純化したことが効果的でした」(森本氏)

現時点では、ネイティブアプリケーション向けのライブラリ開発を対応としましたが、今後はWEBアプリ―ケーションや、関係部署間でのオンプレミス運用も見越したライブラリの拡張も検討しています。また、BIツールやオープンソースソフトウェア等も活用しながら、戦術・戦略機能を拡張していく計画です。

「防衛案件における地図表示機能は、実際は地図表示のみでなく、意思決定に必要となる分析を行うための統計情報の表示も求められます。そこで、業務の効率化、分析の高度化、意思決定の迅速化を実現する機能を提供し、開発委託元であるお客様のニーズに応えていきます」(小西氏)