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2023年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)

LCX(漏洩同軸ケーブル)中継機の開発

ソフトウェアだけではないMESW
ハードウェア回路設計技術で
列車無線通信システムの高品質通信を実現

三菱電機ソフトウエア株式会社(MESW)は、三菱電機株式会社の依頼を受け列車無線通信システムの漏洩同軸ケーブル中継機を共同で開発しました。漏洩同軸ケーブルは、ケーブルの外部導体に電波を漏らすための穴を設けた特殊構造のケーブルです。このケーブルは距離が伸びると中に流れる信号が減衰します。これを増幅するのが中継機です。しかし、増幅を多段に繰り返すと信号に歪み(ひずみ)が生じます。そこで、MESWはこの増幅の歪みモデルをハードウェア回路設計技術で数式にモデル化し、開発前に机上で通信品質を計算。計算に基づく中継機を開発し、高品質通信を実現しました。

  • ■土谷 和之(ツチヤ カズユキ)

    1993年入社。入社以来、通信機器のハードウェア設計に従事。業務用無線機から始まり、衛星通信機器を経て、2003年頃から列車無線関係の送受信機を担当。電子システム事業統括部 通信機事業所 ハードウエア技術部 技術専門部長

ソフトウェアだけではないMESW
課題解決はハードウェアでも対応

「三菱電機ソフトウエア株式会社」という名称を聞いて、ソフトウェアだけの会社だと思われるかもしれません。しかし、MESWはソフトウェアだけの企業ではありません。ハードウェアも開発・製造しています。ハードウェア技術者もソフトウェア技術者も揃ったMESWだからこそ、様々な課題をハードウェアで解決するのか、ソフトウェアで解決するのか、最適解をワンストップで対応することができます。

通信機事業所のある伊丹地区では、主に通信機のハードウェアを開発・製造しています。

高品質の伝送路を実現する
漏洩同軸ケーブル方式

列車無線通信システムでは漏洩同軸ケーブルが使われます。同軸ケーブルは一般家庭のテレビアンテナとテレビチューナーの接続で使用される断面が円形の太いケーブルです。漏洩同軸ケーブルとは、同軸ケーブルに一定間隔で穴を設けたもので、その穴を用いて電波の送受信を行います。列車無線通信システムは、かつてはアンテナを使用した通常の空間波無線を用いていましたが、電波が届かないトンネルなどで通信が途切れる事態が生じていました。この電波が届かない所への対策として1989年から列車無線通信システムへの漏洩同軸ケーブル方式の採用が始まりました。

通信機器のハードウェア設計一筋、通信機事業所 ハードウエア技術部 技術専門部長 土谷和之氏は漏洩同軸ケーブル方式の特長を語ります。

「無線信号では、距離のあるアンテナ間に電波を飛ばすため、外乱を受けやすいです。漏洩同軸ケーブルは、線路に沿って列車上のアンテナの近くに敷設するため、外乱の影響を受けにくく、品質の高い伝送路が実現できます」

漏洩同軸ケーブルは、列車無線通信システム以外では、電波が届かない所への対策として地下鉄、高速道路のトンネル、地下街などへの採用も広がっています。

漏洩同軸ケーブル中継機が
長いケーブルの減衰を防ぐ

列車無線通信システムは移動する列車と基地局の間で送受信を行います。走行する列車に車上アンテナを搭載し、線路に沿って敷設された漏洩同軸ケーブルとの間で無線通信が行われます。漏洩同軸ケーブルは横に長いアンテナに当たります。そして、列車運転手と基地局のオペレータとの間の業務通話の他に、車内用電光ニュースの転送、車両状態の基地局への転送といったデータ通信などが行われます。漏洩同軸ケーブルは長く延ばしていくと信号の減衰が起こります。そこで数kmごとに中継機を設置します。(図1)

中継機は入力したアナログ信号を増幅して出力します。高速で走行する列車通信システムのため、信号処理遅延を配慮してアナログで信号増幅します。列車無線通信システムを取りまとめる三菱電機から、高周波回路設計のノウハウを有するMESW 通信機事業所 ハードウエア技術部へ漏洩同軸ケーブル中継機の開発の依頼がありました。

図1:列車無線通信システムの漏洩同軸ケーブル中継機
図1:列車無線通信システムの漏洩同軸ケーブル中継機

信号処理技術を用いた
通信品質計算モデルの確立

土谷氏はMESWで各種通信機の回路設計を手掛けてきました。ただ、今回の漏洩同軸ケーブル中継機は初めて手掛ける通信機です。開発メンバーは中継機が多段で信号増幅を行うと信号の歪みがシステムの通信品質に与える影響が問題になることに着目しました。そこで、信号増幅の歪みに関する過去の設計資料や社内の資料、さらに、公開されている社外技術資料を調査。しかし、中継機設計に必要な設計手法を得ることはできませんでした。そこで、自ら計算手法を考案し、漏洩同軸ケーブル中継機が列車通信システムに与える通信品質計算のモデルを作成することとしました。

「未開拓の領域でした。やり方も分からないところからスタートしました。やり方を考えて、信号の歪みを数値化して、システム全体として品質が良いとか悪いとか判断できるようなモデルをゼロから構築しました。計算方法も手探りでした。新規に考えて、必要な性能を机上で事前に計算しました。高周波回路の設計技術でモデル化したり、信号処理の技術をミックスさせたりして、想定される結果に対して、納得できる結果になるか、確認しながら進めていきました」(土谷氏)

列車無線通信システムを取りまとめる三菱電機とは、モデル化に必要な前提条件を協働で検討しました。モデルが作成できた後は、中継機の性能からモデルが導くシステム全体の通信性能を、三菱電機とともに確認することで、あるべき中継機の性能を明確にして、回路設計に臨むことができました。

ゼロのスタートからモデル化を通した中継機の性能決定には約1年を要し、その後、回路設計、試作品開発に約2年、2023年春に中継機の試作品を試験場で必要段数中継させて通信品質テストを行いました。その結果、試作品の通信品質がモデルの計算通りの結果となりました。

ハードウェア技術者の仕事の楽しさは
今まで無かったものを作る楽しさ

土谷氏はハードウェア技術者の仕事のやりがいを次のように話します。

「ハードウェアの新規開発時には、まだ世の中にあまりないモノや自分が知らないモノを求められる場合があります。それは何も分からないところから、考え、作り上げていく仕事です。確立していない、分からない中から、机上検討や実験などを繰り返し行い、考え方や設計方法を明らかにして、実機を試作して思い通りに動いた時には、達成したことの喜びを感じます」

「ハードウェアはソフトウェアに比べると現実に存在する物理現象と交わります。物理現象である電圧、電流、電界、磁界などを相手に信号処理技術や高周波回路技術を駆使して、性能を達成していく、そこに魅力を感じます」と土谷氏は語ります。

長年培ったアナログ回路技術でMESWのハードウェア技術を支える土谷氏は、今後はアナログ回路設計にとどまらず、さらなる性能向上に向けて、デジタル回路、さらにはソフトウェアとの協調が必要と考えています。ハードウェア技術者とソフトウェア技術者がコラボレートするMESW。ワンストップで最適解を提供していきます。