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2023年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート
(コラム)

熱源機ソフトウェアのプラットフォーム化

ルームエアコン「霧ヶ峰」の室外機制御ソフトを
プラットフォーム化し、開発効率を大幅に向上

三菱電機株式会社のルームエアコン「霧ヶ峰」は、1960年代から続くロングセラー商品です。三菱電機ソフトウエア株式会社(MESW)は、長年、霧ヶ峰をはじめとする三菱電機の家庭用・業務用エアコンの制御ソフト開発を担当してきました。MESWでは、近年の海外需要の高まりに伴う派生機種開発の増加に対応し、室外機の制御ソフトウェアのプラットフォーム化を実施。機能の着脱やマイコン変更が容易な標準アーキテクチャの採用と自動試験環境の整備などにより開発効率を約20%向上させました。

  • ■石川 研一(イシカワ ケンイチ)

    2006年入社。入社以来、一貫してルームエアコン室外機のソフトウェア開発に従事。現在、FA・ファシリティ事業統括部 静岡事業所 機器開発部 機器技術第二課 副課長

  • ■荒井 克彰(アライ カツアキ)

    2016年入社。入社以来、一貫してルームエアコン室外機のソフトウェア開発に従事。現在、FA・ファシリティ事業統括部 静岡事業所 機器開発部 機器技術第二課

グローバル化により海外向けの
エアコン機種が増加

エアコン室外機の制御ソフトウェアは、室外機内の圧縮機やファン、冷媒の循環などを制御し、冷暖房能力や省エネ性、静音性といった性能を左右します。

「長年、三菱電機とともに空調機の開発をしてきた経験から、多くのノウハウを持っていることがMESWの強みです。例えば、静音化には振動を防ぐための微妙なチューニングや細かい制御が求められます。こうした部分でのノウハウの差が製品の品質の違いとなって現れます」(石川氏)

三菱電機のエアコンは世界各国で使われており、タイ、トルコ、メキシコ、中国、イギリスなどに海外生産拠点があります。

「海外向けの空調機の制御ソフトウェアも私たちが日本国内で開発しています。使われる地域によって気温や湿度などの条件が異なるため、それに合わせて制御ソフトウェアも細かく変更する必要があります。また、電力供給が不安定な地域向けのモデルでは停電時の対策をソフトウェアに組み込むなど、海外専用の機能もあります」(石川氏)

近年は、海外向けエアコンの開発件数が大幅に増えているといいます。

「海外向けの機種が増えた理由としては、インドなど新しい市場へ進出したこと、グローバル化と新興国の経済発展により海外でも高性能・多機能モデルの需要が増えたことが挙げられます。基本的には国内向け機種をベースとした派生開発となりますが、制御ソフトウェアはターゲット市場に合わせて変更する必要があります」(荒井氏)

また、家庭用エアコンの開発には納期が特定の時期に集中するという特徴があります。

「エアコンは季節商品ですから、営業面では新製品を市場投入するタイミングがとても重要です。このため同時期に複数の機器を開発しながら納期を厳守することが求められます」(荒井氏)

開発効率を向上させるために
制御ソフトウェアをプラットフォーム化

ソフトウェアの品質と納期を守りながら、グローバルな開発機種増加に対応するため、MESWでは制御ソフトウェアの開発方針を一新、ルームエアコン室外機制御ソフトウェアのプラットフォーム化を行いました。

「プラットフォーム化」とは、複数の製品間で設計思想やソフトウェア構造を共通化する取り組みです。汎用性の高い土台(プラットフォーム)を用意し、その上に載せる部品を変えることで多様な製品を効率良く開発できるようにするのがプラットフォームの基本的な考え方です。

新しいプラットフォームはソフトウェア構造を定めた標準アーキテクチャと、動作試験などの開発業務を支援するツール類から構成されます(図1)。

各製品を同一のプラットフォーム上で開発することで、派生製品の開発効率向上、マイコン変更の容易化など多くのメリットが得られます。さらに今後、ルームエアコン以外の製品も同じプラットフォーム上で開発することで、例えば、エアコン開発で身につけた技術が業務用エアコン開発でも活かせるなど、開発人材の流動性を高める狙いもあります。

図1:室外機のソフトウェアプラットフォームの概要
図1:室外機のソフトウェアプラットフォームの概要

部品着脱機能を備え、バリエーション展開が
容易な標準アーキテクチャを採用

新プラットフォームではソフトウェアの構造が「標準アーキテクチャ」として策定され、これに従ってソフトウェアを開発します。標準アーキテクチャの特徴が「部品着脱機能」を備えていることです。

「標準アーキテクチャの策定にあたっては、まず異なる機種間で共通する機能と、機種ごとに異なる機能を明確に切り分けました。そのうえで機種ごとに異なる機能は『ソフトウェア部品』として簡単に着脱できる構造にしました(図2)」(石川氏)

例えば、冷媒や気候の違いに合わせた制御変更、海外の一部の機種に搭載されている「静音モード」という一機能などがソフトウェア部品として実装されます。部品の仕様も標準化されており、ある機種向けに開発した部品を別機種にも展開することもできます。

部品着脱機能を使いやすくするために「部品着脱支援機能」というツールも開発されました。このツールを使うとパソコン(PC)の画面上で部品表から使用する部品を選んでいくだけで自動的にソフトウェアが組み上げられます。

図2:室外機(熱源機)プラットフォームの標準アーキテクチャの概要
図2:室外機(熱源機)プラットフォームの標準アーキテクチャの概要

ソフトウェア構造の階層化でマイコン変更を容易化
半導体不足などにも対応

標準アーキテクチャのもう一つの特徴が、階層化によるマイコン変更の容易化です(図2)。標準アーキテクチャは4つの階層に分かれており、ハードウェア依存部を最下層に集約しています。マイコン種類の変更はこの最下層の入れ替えで行えます。マイコン変更の容易化は半導体不足などのBCP(事業継続計画)対策の一つでもあります。

「コロナ禍による世界的な半導体不足の時には、制御基板やマイコンの調達が非常に困難になりました。標準アーキテクチャは、部品調達の関係で基板やマイコンが変わっても最小限の変更で同様の制御が展開できるような作りになっています」(石川氏)

「今後は調達リスクを減らすため、1種類のマイコンに依存せず、複数のメーカーや種類を採用することが増えると思います。そのためにもハードウェア依存部の集約は重要です」(荒井氏)

新プラットフォームでは、ソフトウェアが正しく動作するかを自動的にチェックする自動試験実行環境も新たに用意されました。ソフトウェア単体での動作を確認する「単体試験自動実行環境」は、試験作成から実施、合否判定、報告書作成までを自動的に行うことができます。ソフトウェアをマイコンに組み込んだ状態の動作試験を行う「組合わせ試験自動実行環境」にはシミュレーターを採用し、試験用の基板を使わずにPC上の仮想環境で試験が可能になりました。

新プラットフォームの導入効果で
2023年モデルの開発効率が20%向上

2019年に開発をスタートした新プラットフォームは、2022年から新機種開発への導入を開始しました。国内向けの「霧ヶ峰」「ズバ暖霧ヶ峰」の2023年モデルが新しいソフトウェアプラットフォームを採用した最初の機種となりました。

「新しいプラットフォームを導入した結果、工数比較で約20%開発効率が向上しています。これにはプラットフォーム化に伴って試験を自動化したことが大きく寄与しました。今後、プラットフォームをバリエーションの多い海外向け機種の開発にも展開していくことで、部品着脱機能も効果を発揮することが期待できます」(石川氏)

「以前は組合せ試験を行うために試験用の基板が必要でした。試験用基板の数は限られているため、他の試験が終わるまで自分の試験ができないことがありました。現在はPCさえあればいつでも試験ができ、しかも自動化されているので開発効率が大きく上がりました」(荒井氏)

「霧ヶ峰」ブランドの開発に携わることは
プレッシャーでもあり、やりがいでもある

最後に、長年エアコンの室外機ソフトウェアに携わってきたお二人に、組み込みソフトウェア開発者に求められる要素や印象に残る経験、仕事のやりがいを感じるときなどを伺いました。

「組み込み用ソフトウェアは多くの制約条件の中で開発しますので、知識だけではなく、課題に臨機応変に対応できることが求められます。

『霧ヶ峰』のように誰でも知っている製品の開発を手がけることは、製品を通じての社会貢献を実感しやすく、ちゃんとしたモノを作らなければならないというプレッシャーがあると同時に大きなやりがいでもあります」(石川氏)

「入社して間もなく、メインの制御機能の部分を三菱電機の担当者と二人三脚で仕様構築からソフトウェア開発まで手がけたことがありました。困難な作業でしたが、それを乗り越えた時には大きな達成感がありました。今でもその機能が改良を重ねながら使われているので製品に愛着のようなものを感じます」(荒井氏)

今後については、今回のプラットフォーム化に留まらず新しい技術を積極的に取り入れていきたいといいます。

「今回のプラットフォーム開発やそれを使った新機種開発に携わるなかで、やはり新しい技術をどんどん取り入れて室外機のソフトウェアをバージョンアップしていくことが重要だと感じました。今後も新しい技術の導入をポジティブに捉えていきたいと思います」(荒井氏)

「今後は、さらなる脱炭素や機種展開のグローバル化が求められるほか、IoTやAIなどの最新技術が家電に搭載されていくでしょう。その時にソフトウェア面で出遅れることがないよう、新技術の習得や情報共有に精力的に取り組みたいと考えています」(石川氏)

商標について
霧ヶ峰、ズバ暖は、三菱電機株式会社の登録商標です。