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2022年度 三菱電機ソフトウエア技術レポート

FR Configurator2 汎用インバータAIアラーム診断機能の開発

【執筆者】

FA・ファシリティ事業統括部 名古屋事業所 FAエンジニアリング開発第一部 ドライブエンジニアリングソフトウエア開発第一課
坂下 義典
安江 史奈

【概要】

FR Configurator2は、三菱電機汎用インバータ(以下インバータ)の立ち上げやメンテナンスを支援するソフトウェアであり、搭載されているAIアラーム診断機能は三菱電機AI技術Maisartのコンセプトに沿って開発した技術を活用してインバータで発生した様々な異常(アラーム)の発生要因と処置方法を即時表示し、迅速なトラブルシューティングを可能とした機能である。本稿では、AIアラーム診断に使用したAIを中心とした技術と開発における課題と対策について紹介する。

1. まえがき

従来、汎用インバータを用いたシステム構築時及び稼働時においてインバータの各種異常(以下アラーム)が発生した際、原因究明と対処には多くの時間と手間がかかった。複雑な要因で発生したアラームの場合、システム構築の遅延や長時間の稼働停止につながり、ユーザに迷惑がかかることがあった。この課題を解決するため、三菱電機製汎用インバータの立ち上げ支援用ソフトウェアFR Configurator2に、三菱電機AI技術Maisart(※1)のコンセプト(※2)に沿ったAIアラーム診断機能を開発し搭載した。AIアラーム診断機能によって、アラーム発生時にすみやかに一次診断が可能となり、原因と処置方法を提示する事で、迅速なシステム復旧を支援する事ができるようになった。

  • (※1)“Maisart”とは、三菱電機独自のAI技術ですべてのものを賢く(Smart)する思いを込めた、Mitsubishi Electric's AI creates the State-of-the-ART in technologyの略称である。(三菱電機(株)HPより引用)
  • (※2)様々な機器に容易に搭載できるAIのコンパクト化や高効率化など。(三菱電機(株)HPより引用)

2. 汎用インバータについて

2.1 汎用インバータ

図 2.1 汎用インバータの用途 (1)

汎用インバータ(以下インバータ)とは、主に産業用に使われる様々なモータの回転数を簡単・自由に変えられる可変周波数電源装置である。インバータによって、エアコン、産業用のファン、ポンプ、エレベータ、クレーン、トンネル掘削用シールドマシン、自動倉庫の搬送機、ベルトコンベア、食品や金属の加工機、遊園地の遊具など、世の中にある様々な機器を制御する事が出来る。

2.2 FR Configurator2

図 2.2 FR Configurator2の用途

FR Configurator2とは、Windows上で動作するインバータ支援ソフトウェアであり、図2.2に示すように手元のパソコンにて多数のインバータの状態把握(モニタ)・パラメータの設定・調整や問題発生時のトラブルシュートを可能とする。
インバータは前項に示した通り様々な用途で活用出来るが、有効に活用するには、各機器に合った適切な設定を間違いなく行い、問題なく且つ最適な動作になるよう調整する必要がある。インバータ本体だけでもある程度は調整可能だが、インバータ数台~数十台に及ぶシステムの場合、インバータ本体のみで最適な調整を行い、トラブルなく設定を完了するのは困難である。FR Configurator2をインバータ用のネットワークに接続することで、簡単で見やすいユーザーインターフェース(以下UI)で効率的な作業が可能となる。また、ネットワークに接続していない単体で稼働しているインバータに対してもUSBケーブル等で接続し、同様の作業が可能となる。

2.3 アラームとトラブルシュート

図 2.3 アラーム発生状況と原因の例

アラームとは、インバータで各種機器を駆動した際に何らかの機器異常や安全上の問題が発生した場合、安全に停止した上で、問題が発生したことを通知する機能である。
インバータで各種の機器を駆動する際には様々な問題が発生することがある。例えば、“ファンに物が挟まって動作停止した”、“限界近くの重量物運搬を継続しインバータとモータが過熱した”、“停電が発生しモータの継続的な駆動ができなくなった”、“インバータの設定が不完全で想定外の動作をした”などである。
アラームには様々な種類がある。機械が物に衝突することによるモータ停止や機械故障や無理な運転や設定ミスによって発生する“過電流”、急減速での過度な回生による“過電圧”や電源電圧低下による“不足電圧”や停電による“瞬時停電”、通信線断線による“通信異常”等である。このようなアラームが発生した場合、原因を特定し問題を解決(トラブルシュート)する必要がある。

3. AIアラーム診断機能について

3.1 従来のアラーム診断の課題

従来、インバータのアラーム発生時に行う対処方法と課題を図3.1、 図3.2に示す。

図 3.1 従来のアラーム対処方法

図 3.2 従来の方法における課題

以上のように、従来のアラーム診断は発生要因の特定と処置方法を決めるのに数時間~数日と非常に多くの時間と費用がかかった。

3.2 AIアラーム診断の特長

新規に開発したAIアラーム診断は、従来のアラーム診断と異なり、インバータの動作状況を数値化、AIを用いて分析し診断結果を提示する新たな仕組みである。図3.2の課題を解決したAIアラーム診断で行う対処方法は下記である。

図 3.3 AIアラーム診断によるアラーム対処方法

AIアラーム診断は以下の特長を持っている。

図 3.4 診断結果

  • (1)アラーム発生要因と処置の即時表示
    アラーム発生時にAIアラーム診断ボタンを押下するだけで1~2分程度で高速診断し要因と処置を表示する。複数の要因がある場合、可能性の高いものから順に表示するため、上から順に処置することで処置時間の短縮が図れる。

図 3.5 詳細・パラメータ修正画面

  • (2)要因の詳細表示とパラメータ編集
    要因を詳細に把握したい場合は、図3.4の詳細ボタンにて、詳細な要因が把握でき精度の高い処置が可能となる。また、処置するためにインバータを調整するパラメータ値を編集することが多いが、パラメータは約1,400個もあるため対象となるパラメータを探すのが大変である。AIアラーム診断は処置に必要な関連パラメータを要因に従い抽出するため、すみやかにパラメータ値の修正が可能となる。

図 3.6 詳細データ把握

  • (3)問い合わせの際の詳細データ保存
    AIアラーム診断による一次診断での解決が難しい場合、アラームの詳細データがPCに保存されているため、後にメーカー等の支援者に確認してもらうことで迅速なトラブルシュートが可能となる。

図3.2の課題と解決策をまとめると以下となる。

課題 解決方法
(a) どの要因の可能性が高いかが即判断付かず、要因次第で波形分析スキルが必要(専門家が必要) 波形の分析結果を元に確率の高い要因に限定して表示(専門家は不要)
(b) どの処置を行えばよいかをトライアンドエラーを繰り返しながら探る必要あり、最悪は記載されている全ての処置の実施が必要 確率高い処置から実施にて短時間で解決可能
最悪でも要因絞っているため時間短縮が可能
(c) アラーム発生時のデータが少ない場合、要因特定のために支援者が再度データ取得し分析するため時間が必要、問題が再現しない場合再現のための時間が必要 予め取得されたデータにて分析可能。問題発生時の波形があるためすみやかに分析可能

表 3.1 従来の課題とAIアラーム診断による解決方法

4. 開発の取り組みと課題解決

インバータにてAIを用いた診断機能を実現するためには以下の要件を満たす必要がある。

  • (1)瞬時に発生するアラームの傾向を把握するため診断データ高速サンプリングが可能
  • (2)ネットワーク未接続のインバータで駆動しているシステムでもAIアラーム診断が可能

上記2点を満たすためには、例えばクラウドに逐次データを送付してAIで診断するという手法は使えない。よって、膨大な診断データを保存できない上に高速処理もできないインバータにてAIアラーム診断を実現するためにはいくつかの制約を考慮した上で仕組みを構築する必要がある。本章では制約と解決方法について紹介する。

4.1 組み込み製品におけるAI実現

4.1.1 リソース(メモリ容量・処理速度)の制約

組込みシステムに大量のデータ処理を伴うAI機能を組み込むにあたり大きな問題となるのがリソース(メモリ容量と処理速度)の制約である。AIは基本的に大量のデータを処理して結果を導き出すことが多いことから、如何にメモリ消費と処理量を押さえた上で診断精度を確保するかが鍵となる。
AIアラーム診断はあらかじめ用意した各種アラーム発生時の波形データ等を用いて学習を行う。波形データは、インバータの出力周波数・電流・電圧等多くのデータを高速サンプリングで取得するため膨大なデータ量となる。取得したデータを加工せずそのまま保存・診断に使用すると組込み機器としては膨大なメモリ容量が必要となる。処理量も膨大となり製品のコストに影響がでてしまう。
よってリソースを抑えるために、AIアラーム診断では下記の方策を取った。

  • (1)インバータ取得データの厳選
  • (2)波形の特徴を的確にとらえた特徴量データに置き換えて学習し保存
  • (3)診断精度を確保するため2つの推論を組み合わせた方式を採用
4.1.2 取得データの厳選

図 4.1 取得データ厳選

AIアラーム診断を実施するためには一旦インバータ内でアラーム発生前後の波形データ等を取得し保存する必要がある。しかし、波形データはデータ量が多くなりやすいため、取得データ種別と取得ポイント数を必要最低限とし、約1/1500程までリソース消費を抑えた。高速な処理速度を実現しつつ複数アラーム(※)のデータ保存に対応するなど使い勝手が向上した。また、AI推論は目的の判定との関係が薄い入力データの種類が多すぎると診断に重要なデータを絞り切れなくなり診断精度が低下することがある。そのため、AI推論で判定したいアラームに強く関係するデータを厳選することでリソース消費を抑えつつAI推論の診断精度の低下を極力抑えた。

  • (※)FR-E800のAIアラーム診断では3件
4.1.3 的確な特徴量データへの置き換え

図 4.2 特徴量への変換

AIアラーム診断は、あらかじめ学習したデータ(以下学習データ)を用いて診断を行う。学習データをFR Configurator2に実装するにあたり、データ量が膨大になるとPCのストレージを圧迫する上、診断処理が重くなる。また、十数分程度の診断時間がかかる。この対策として、波形データを特徴量と呼ばれる波形の特徴をあらわした小容量データに変換し、その特徴のみ学習データとして保存することで、学習データを1/50倍以下に削減でき、高速処理が可能となった。その際に重要となるのは波形の特徴を的確にとらえた特徴量の算出方法である。そこで、関係部門の協力を得て策定された基礎技術を元に、プロトタイプ開発による検証を繰り返し実施し、必要十分なメモリ容量削減と性能を出せる処理方法を確立した。

4.1.4 2つの推論方式の導入

図 4.3 ドメイン推論

上記よりリソースの節約と処理の高速化を実現したが、データ量を減らしたことにより診断精度の低下が起こり得る。よって、データ量不足を補いつつ学習データによる推論方式が全般的に不得意としている要因の診断をより正確に行うために、2つの推論を組み合わせた方式(以下ハイブリッド推論)を採用した。
ハイブリッド推論は、以下の2つの方法を組み合わせて実現している。

  • (1)ノウハウをロジック化した判定による推論(以下ドメイン推論)
  • (2)学習データを用いた 近似波形判定による推論(以下AI推論)

ドメイン推論は“信号断絶”や“センサ(電圧値等)異常値検知”などの明確にわかりやすい現象の判定や必ず特定の現象が発生するというような近似波形のマッチングでは判断できない現象の判定をアルゴリズムとして組み込んで判定を行う。ドメイン診断によって少量のデータ量で且つ一瞬に判定を行うことが可能となった。

図 4.4 AI推論

一方AI推論は、ロジックでは判断が難しい波形のマッチングをデータ化し、正解を学習した学習データを用いて適合度を判断する。こちらもデータ量を特徴量変換で抑えた事で、1秒程度での高速診断が可能となった。

図 4.5 ハイブリッド推論

ハイブリッド推論は、ドメイン推論が得意な部分はドメイン推論に判定を任せ、ドメイン推論が苦手としている部分をAI推論に判定を任せるという2方式のメリットを組み合わせた方式で診断を行う。この方式により扱うデータ量と処理量が激減させることができ、診断精度の向上と、診断速度の高速化が可能となった。

4.2 学習データ肥大化防止と充実化

図 4.6 波形正規化

インバータは同一シリーズ内で多いもので約80種類もの多種多様な電圧・容量を制御する製品のラインナップを持つ。そのため、全ての製品で使える仕組みが必要となる。全ての電圧・容量に対応した学習データを用意する方法も技術的には可能であるが、データサイズ的にも作業負担的にも無理がある。そのため、これらを一つの学習データで対応するための仕組みを開発した。
その仕組みとは基本的に下記となる。

  • (1)電圧・容量の違いを吸収した正規化済み学習データの生成
  • (2)AIアラーム診断実行時に取得したデータも正規化してAI推論実施

この方式により学習データの取得時間とデータサイズを数十分の一まで大幅に減らすことが可能となった。それにより、一つの学習データの充実化に注力する事が可能となるため、学習データの熟成度向上も比較的容易となった。

5. AIアラーム診断におけるソフトウェア開発の課題と解決策

AIアラーム診断の機能・性能を継続的に向上するために、対応アラームの追加や診断精度向上を行う事になる。その際、ドメイン推論用アルゴリズムやAI推論用学習データのアップデートが必要になるが、アルゴリズムの修正や再学習によって診断精度を低下させずに安定的に改善することが課題であった。本開発において、課題を解決するため2つの診断方式ごとに自動試験を導入する事にした。

5.1 ドメイン推論自動試験

図 5.1 ドメイン推論自動試験

ドメイン推論は、AI推論のリソース節約と診断精度確保のために減らした情報を補完する機能である。本機能は、アラーム要因検知の高度で複雑なノウハウが詰まっているため、機能改良時にデグレードを起こしやすい。また、複雑である故にロジックのミスを把握する事も困難なため、ドメイン推論の要因判定ロジックを用いる部分に関しては、全て自動試験による数十万パターンの試験を実施するよう単体テストの自動試験ツール(UnitTest)を構築した。
AIアラーム診断の診断ルーチンはPython言語で構築しており、Python用の開発ツールPyCharm上でUnitTestを実行することで、ドメイン推論の要因判定ロジックを数分で全て再試験する事が可能となった。

本自動試験は、取りうるパターンを全て検討して構築することになるが、単純にロジックの組合せのみで検討すると指数関数的にパターンが増大し、数十億を超えるパターンとなり試験が不可能となってしまう。そのため、インバータ本体のソフトウェア開発で培った製品知識をフル活用し有識者による支援とレビューを繰り返しながら自動試験データの最適化を実施した。それにより、数十万パターンまで自動試験パターンを抑え短時間且つ十分に品質確保可能な自動試験環境を構築することが出来た。

5.2 AI推論自動試験

図 5.2 AI推論自動試験

AI推論は、学習するたびに学習結果が変わるため、デグレードが発生していないかの精度検証は都度行う必要がある。学習するたびに毎回実機でアラームの全要因を発生させて検証するのは膨大な検証時間が必要で非現実的である。そのため学習し直した後、精度が判定値を上回っているかを自動で算出し、算出した結果を出力するツールを構築した。
本ツールは学習に使用するデータを、学習用と検証用に分割し検証する。また、学習用と検証用に使用するデータを入れ替えながら繰り返し学習と推論を行い結果表示する。その複数の結果が全て良好であることをもって、問題なしと判断した。

本ツール導入前の開発当初は波形をAIアラーム診断に適用しその適合率を確認する方法で精度検証していたが、この方法では今後大量に増えると予想される学習データに対応できない。よって、AIのあるべき検証方法をツール化することとした。結果として、開発完了から2年経過した本稿執筆時においてAIアラーム診断の診断精度は維持できており、ツールの効果が十分に発揮できている。

6. むすび

本稿では、2019年に開発したAIアラーム診断機能の特徴、開発の課題と解決策について紹介した。
AIアラーム診断機能は、従来のアラーム履歴表示や取説によるトラブルシューティングでは対応できなかった迅速な一次診断が可能となり、ダウンタイム削減、利便性向上、及びサポート部隊の負荷低減に貢献している。
今回の開発ではAIという最新技術を如何に制約のある組込みシステムに最適化して実現するかがポイントであったが、様々な工夫により現実的な形で実現でき、三菱電機AI技術Maisart及び特許(2)として認定された機能になったと考えている。また、自動試験の積極的な導入により品質確保と共に今後の拡張のしやすさにも寄与したと考える。

最後に、本開発に多大なご協力いただいた三菱電機株式会社 名古屋製作所 インバータシステム部 インバータソフトウェア開発課、 ソフトウェアシステム部 エンジニアリングソフトウエア第四G、インバータシステム部の関係各位に深く感謝の意を表する。

【商標】

Windowsは米国Microsoft Corporation の米国おびその他の国における商標または登録商標です。
Python はPython Software Foundationの登録商標です。
PyCharm はJetBrains s.r.o.の登録商標です。
Maisart、FREQROLは、三菱電機株式会社の登録商標です。

【参考文献】

筆者紹介

  • ■ 坂下 義典

    1998年入社。FR Configurator2の開発に従事。
    現在、FA・ファシリティ事業統括部 名古屋事業所 FAエンジニアリングソフトウエア開発第一部 ドライブエンジニアリングソフトウエア開発第一課 グループリーダー

  • ■ 安江 史奈

    2019年入社。FR Configurator2の開発に従事。
    現在、FA・ファシリティ事業統括部 名古屋事業所 FAエンジニアリングソフトウエア開発第一部 ドライブエンジニアリングソフトウエア開発第一課